第7話
高鵺は、澄香が立てないことがわかると、すぐに穴から助け出し、背中に乗るように促した。
「……歩けそう?」
「無理。……ちょっと、なにその間」
「じゃあ、決まりだね」
そう言って、高鵺は迷いなく背を向けた。
澄香は一瞬だけ躊躇したが、左足に力を入れた途端、痛みが走る。
小さく舌打ちして、結局その背にしがみついた。
高鵺の背中は、思っていたよりも広かった。
揺れも少なく、安心して体重を預けられる。
(……変なの)
こんな状況なのに、胸の奥が少し落ち着いていく。
高鵺は、なるべく澄香に振動が伝わらないように、ゆっくりと林の中を進んでいった。
夕暮れの光が、枝葉の隙間から差し込んでいる。朱色の光が揺れて、やけにきれいだった。
澄香は空を見上げて、ぽつりと言った。
「……高鵺」
「ん?」
「あんた……本当に、強かったのね……」
「うん。言ったでしょ。俺は強いって」
「……うん」
あの熊を、一撃で。
あれは、技術では埋められない差だ。そう思うと、胸の奥がじくりと痛んだ。
(どんなに鍛えても、敵わないものってあるのかな)
澄香は唇を引き結び、高鵺の肩を掴む手に、少しだけ力を込めた。
「……あんたには、みっともないところ、見られちゃったわね」
独り言みたいな声だった。
「一人でムキになって、空回りして……ほんと、バカみたい」
「……俺は、みっともないなんて思わないよ」
高鵺は歩みを緩めず、穏やかに言った。
「俺、澄香さんのそういう一途なところ、尊敬してる」
「……それ、慰め?」
「違う」
少しだけ、はっきりした声だった。
「口だけじゃないって、知ってるから。澄香さんは強いよ」
「高鵺……」
「あ、でも」
高鵺は少し間を置いてから、続けた。
「少しだけ、冷静になる練習はしたほうがいいかも」
「……言ったわね」
澄香は反射的に、高鵺の頭を、ぺしっと叩いた。
「痛っ」
「これは性格よ。直らないわ」
「うん、それも知ってる」
「バカ」
もう一度、軽く叩く。
でも、不思議と怒りはなかった。胸の奥に溜まっていたものが、少しだけほどけた気がした。
林を抜けると、朱南と矢吹が待っていた。
「……あんた、本当に考えなしね」
朱南は顔色を変えて言った。
「林が立ち入り禁止になってるって、知ってたら絶対行かせなかった」
「……ごめん」
「ほんとよ」
矢吹がため息をつく。
「創太たちは司法官に引き渡した。今回の件は、冗談じゃすまない」
「もういいよ」
高鵺が、苦笑しながら遮った。
「澄香さん、かなり疲れてる」
朱南と矢吹は顔を見合わせ、それ以上は何も言わなかった。
そのまま澄香は、高鵺に背負われて家へ向かった。
空はすっかり暮れ色に変わっていた。




