第5話
その日一日、澄香はまったく集中できなかった。
集会の最中も、休み時間も、とにかく周りがうるさい。
「で、返事は?」
「もう付き合ってるの?」
「昨日のあれ、見たよ!」
……知らない。
聞いてない。
放っておいて。
春人と秋人がいないのだけが、唯一の救いだった。
創太はというと、目が合うたびに、薄く笑うだけ。
——嫌な予感しかしない。
* * *
昼休み。
朱南と並んでパンを食べながら、澄香はあっさり言った。
「今日、創太と勝負する」
朱南は、手を止めた。
「……本気?」
「本気」
「すっぽかされる可能性は?」
「そのときは逃げたって言いふらすわ」
澄香は、にっこり笑った。
朱南はまったく笑っていない。
「あんたさ……あいつ、正々堂々と戦うタイプじゃないでしょ」
「分かってる」
それでも澄香は言った。
「でも、負ける気はしないの」
* * *
夕方。
林の奥の開けた場所に、創太はいた。
切り株に腰かけて、まるで待ちくたびれたみたいに。
「早いわね」
「お前が遅いんだよ」
風が葉を揺らす。
嫌な静けさが、落ちてきた。
「……どうして、こんな場所選んだの?」
澄香は、わざと挑発する。
「人目がないほうがいいから? そんなに負けるのが怖い?」
創太は鼻で笑った。
「逆だよ。無様に負ける姿、誰にも見せたくないだろ?」
……ムカつく。
「強がり」
「強がりはどっちだよ」
創太の目が、冷たく細くなる。
「女が舞役になれると、本気で思ってるのか? 十秒だな。お前が倒れるまで」
澄香の中で、何かが切れた。
「五秒もいらないわ」
地面を蹴った、その瞬間だった。
——ぐらり。
足元が、落ちた。
「えっ——」
次の瞬間、
澄香は土ごと穴に落ちていた。
肩を打って、息が詰まる。
「っ……!」
上から、笑い声。
「ははっ、引っかかったな」
見上げると、創太が覗き込んでいた。
「新しい土、気づかなかったか?
猪突猛進ってやつだな」
こめかみを、トントン。
「ここが弱いんだよ、お前」
「……卑怯者!」
叫ぶ澄香に、創太は肩をすくめる。
「戦う気はあったさ。
引っかからなければ、な」
それだけ言って、背を向けた。
「じゃあな。
自力で出てこいよ」
足音が、遠ざかる。
澄香は穴の底で、拳を握った。
——やられた。
完全に。
悔しさで、胸が焼ける。
でも、それ以上に。
(……次は、絶対に許さない)
夕暮れの林に、澄香の荒い息だけが残っていた。




