第20話「古の王国の遺跡」
鳥たちが平和の音を謳う昼下がり——すっかり喧騒が遠のいた湖の畔に建つ家の前に待機し、マイン達はヴェスタが家の中から顔を見せる時を待っていた。
やがて、ヴェスタが自宅の扉を開いてマイン達の前に現れると、懐から古びた鍵を取り出してマイン達の前に差し出す。
差し出された鍵は金箔によって装飾が施されており、所々が剥がれ落ちてしまっているものの、琥珀を思わせる石が嵌め込まれた黒い鍵は、古びた今でも高級感を漂わせている。
「ヴェスタさん、その鍵は一体……?」
「この鍵は、あの遺跡の中で使うものです。後で貴方達にお渡ししますが、この鍵が無ければ入れない場所がありましたので、一度自宅に寄らせてもらった次第です。今度こそ本当に、あの遺跡に向かいますよ。」
「おう!手間かけて悪いけど、案内頼むぜ、ヴェスタさん。」
ヴェスタが頷いて先導し始めると、マイン達はヴェスタの後に続いて湖の周りを歩き、自分達が倒れていた遺跡に向けて歩を進めて行く。
少しの間、湖に沿って歩き続けていると、木々の隙間から降りた覚えのある石造りの階段が顔を覗かせ始め、相変わらず静寂に包まれた空間に、その遺跡は儚くも威厳を放って佇んでいた。
遺跡の中へ足を踏み入れると、ヴェスタは不意に立ち止まってマイン達の方に振り返り、地下へ続くと思われる穴の方を指して声を掛ける。
「あの穴の奥には、遺跡に住んでいたと思われる方々の住居があります。定期的に点検していたとはいえ、木材などは経年劣化によって脆くなっていますので、くれぐれも事故などには気を付けて探索をして下さい。虫などの駆除も定期的に行っていましたが、貴方達はこの付近に来てから日が浅いですし、何か生き物が住み着いていた場合には、躊躇わず俺に相談してもらえますか?俺が、その生き物を対処しますので、貴方達は触れないように気を付けて下さい。」
ヴェスタが丁寧に状況を説明すると、マイン達は納得したように頷いて返事を伝える。
「そうだな……私達はまだ、この辺りの生態系についての知識は浅い。過去の経験に基づいて、勝手に対処するのは思わぬ事故を引き起こしかねない。」
「帰るための方法を探す前に、大怪我や病気を患ったら元も子もないもんな。ここは大人しく、ヴェスタさんに任せるとするぜ。」
「ええ、貴方達は、自分達の目的を果たすことに専念して下さい。目的と関わりの無い事柄については、俺が遺跡の管理者として片付けますので。」
「心強いなぁ……。ここの土地勘が無い俺達にとっては、家に帰るための方法を探すなんて……それこそ、雲を掴むように苦労しそうだから、目的の捜索に集中させて貰えるのは、本当にありがたいことだなぁ……。」
「……おしっ、そうと決まれば……早速、俺達が倒れてた場所から、手当たり次第に痕跡を探してみようぜ。まずは、あの階段を上った先にある庭からだな。」
マインが石造りの階段を指して上るように促すと、ヴェスタは少し驚いた顔をしてマイン達の顔を順繰りに見つめる。
「貴方達は、あの庭で倒れていたのですか?」
「はい、私達は全員、あの階段を上った先にある庭で倒れていました。エディーさんが1番最初に目が覚めたようで、私とマインさんは、エディーさんに起こされて目が覚めたのです。」
「あの時は、どうしていいかわからなかったね……。俺達は、家族や友達と一緒に、数日後には登山をする約束をしていて、どうしても約束の日までには戻りたかったんだ。それが叶わなかったのは残念だけど……せめて、みんなに『約束を守れなくてごめん』って直接謝るまで、いつまでも気持ちが落ち着かないよ……。」
「……そうですか、あの庭で……貴方達は倒れていて……。……貴方達が置かれた状況には同情しますが、貴方達が暮らしている国には、わざわざ山に登るような娯楽が存在しているんですね。」
ヴェスタの発言に違和感を抱き、エディーは首を傾げてヴェスタに問いかける。
「もしかして、フロワドゥヴィルの周辺には、登山をする文化は無かったりするのかな……?」
「遠く離れた国のことまでは知りませんが、少なくとも俺が知っている街や国の中で、山に登る娯楽を楽しんでいるという話は聞いたことがありませんね。山の奥地には危険な野生動物が棲息しているのは勿論、生ける屍も闊歩している可能性が高いですから、別の街への移動や狩りなどの用事がある時以外は、塀の中で楽しめる娯楽をするのが当たり前だと思いますよ。」
「そっか……生ける屍の問題があると、そもそも外で野宿したりする危険度が違うのか……。」
「やむを得ない事情が無い限りは、間違っても塀の外で野宿しようとする人は居ないでしょうね。」
マイン達が文化の違いに関心した声を漏らすと、ヴェスタは一瞬だけ眉間に皺を寄せてから話を戻す。
「すみません、話が脱線してしまいましたね。とにかく……階段を上って、庭の方に行きますよ。」
「ああ、そうだった……!また今度、文化の違いについて、話を聞いてみたいもんだぜ。」
ヴェスタが頷いて相槌を打ち、先頭に立って石造りの階段を上り始めると、マイン達も後に続いて階段を上り切る。
階段を上った先に広がる庭園の中央には、相変わらず見上げるほどの大樹が鎮座しており、一部が結晶化しながらも、そよ風に枝を揺らして静かに囁いている。
庭園に道のように敷かれた木材の音を鳴らしながら、ヴェスタとマイン達は大樹の近くへと赴き、ヴェスタはマイン達に向き直って大樹の解説を始める。
「この見上げるほどの大樹は、太古の昔より存在していたとされています。大樹の内部には神聖な力が宿っているとされ、この大樹の根が張っているこの遺跡付近には、生ける屍が寄り付かないことで知られています。」
「へぇ……生ける屍が避けるほどの力を持ってるなんて、まるで『日本』で言う、御神木みたいなものなんだな。」
「どうやら、マインの国にも、同じように大きな力を持った大樹が存在しているようですね。このように、しばしば神聖な力を持った自然界の物質は存在します。飲めばたちまち傷が癒えていき、失われた魔力も回復するという神聖な水も、その内の1つですね。」
「飲めばたちまち傷が癒え、魔力も回復する水、か……。本当に、ゲームや漫画の中に入ったような話ばかりだな……。」
クレールが未だに信じられないといった様子で独り言を呟くと、ヴェスタは首を傾げて疑問を口にしながら、大樹の脇に続く木製の道を指し示す。
「貴方達の言葉がどういった意味なのかはわかりませんが……あの道の向こうに、教会に当たる建物があります。この庭園を一通り探索した後、あちらの道を通って教会に向かいましょう。教会には、様々な書物が保管されていますので、何かしらの手掛かりが見つかるかもしれません。」
「教会に保管された書物か……。おし、手当たり次第にここを探索したら、ヴェスタさんの提案通り教会にも行ってみようぜ。」
クレールとエディーが頷いて同意すると、マイン達は散らばって庭の中を探索し、何かしらの痕跡が無いか調査して回る。
木々の後ろや、池のように整備された水路の中や、石のレンガで造られた塀や壁の隅々に至るまで——そこかしこを探索したものの、違和感を感じる痕跡のようなものは何一つ見つからなかった。
目が覚めた際に、一際視界の中で目立っていた石造りの塔の中を覗くも、支えとなる柱以外に気になる物体も無く、庭での探索は空振りに終わってしまった。
マイン達は一度集まって状況報告を行うと、ヴェスタの提案通りに教会へ向かう旨を話し合い、教会へ続く道を進んでいく。
遺跡と同じ石材によって建てられた教会と思しき建物の前まで辿り着くと、ヴェスタは朽ちかけている木製の扉を開き、マイン達を中に招いた。
「ここが、教会に入るための入り口になります。」
「へぇ、結構立派な教会なんだな。」
「ええ、貴重な資料も遺されていますので、この遺跡が建てられた当初は重要な役割を担っていたと思います。」
「不躾な質問で申し訳ありませんが、資料の移送は考えなかったのでしょうか?」
「勿論、それも考えましたが……この場所には、生ける屍が寄り付かない他に、資料を保管しておくための好都合な環境があるようなので、敢えて移送はしませんでした。その辺りは、また後で説明しますよ。」
「なるほど、この場所には生ける屍を寄り付かせない他に、何か特別な力があるのですね。では後ほど、その理由をお伺いしたく思いますので、その時はよろしくお願いします。」
ヴェスタが質問に答えると、クレールは好奇心を抑えられない様子で少しそわそわとしながら、ヴェスタ達と共に教会の中へ足を踏み入れる。
教会の中は広々としており、大きな天窓が陽の光を取り込んで教会全体を照らしている。
火は消えてしまっているものの、荘厳なシャンデリアがいくつも天井から下がっており、祈りを捧げるために用意された長椅子には、古びても尚柔らかさを維持している赤い生地が使用され、当時利用していた人々にとって、いかに大事な場所であったかを物語っているようだった。
教会にしては珍しい構造をしており、入り口を通ってすぐに出迎えた階段を下りていくと、階段の裏に本棚がいくつか配置され、勉学などに用いられていたであろう机と椅子がいくつも並べられていた。
規則正しく並べられた長椅子を通り抜けて最奥に進めば、司祭が使用していたであろう教卓が中央に据え置かれており、当時の人々は何を願ってこの教会を利用していたのであろうかと、マイン達は思わず思慮に耽る。
「すげぇ……中に入ってみると、こんなにデカい教会だったんだな……。」
「ああ……当時の人々は、何に祈りを捧げて、何を願ってこの教会に通っていたのだろうな……。」
「気になる所が多過ぎるね……。今はとにかく、俺達が家に戻るための方法を探さないとだけど、どこから何を探せば良いのか…………あれ?あの教卓の上に……本が乗っているような気がするんだけど、気のせいかな……?」
エディーが教卓の方を指し示すと、マイン達は釣られて教卓へと視線を向けて目を凝らした。
「うーん……?言われてみれば確かに……何か乗っているような気がしなくもねぇな。」
「おかしいですね……俺が前に遺跡の清掃のために訪れた際には、あの教卓には何も乗ってなかったはずですが……。」
「近付いて見てみましょう。ヴェスタさんに心当たりが無いということは……もしかすると、私達に関係している痕跡かもしれません。」
クレールが真剣な表情でそう伝えると、マインとエディーは互いに顔を見合わせて明るい表情を浮かべ、教卓のある最奥に向けて共に駆けていく。
クレールとヴェスタも後に続いて歩き始め、4人が教卓の前に辿り着くと、一斉に教卓の上へ視線を移して遠目に見えたものの正体を確かめる。
そこには——真新しい革で装丁された書物が置かれており、年月を感じさせる教会の内装とは相容れない雰囲気を醸し出していた。
エディーが何かに惹かれるようにその書物を手にして眺めると、ヴェスタは顔をしかめて疑問を口にする。
「俺が最後に遺跡の清掃をしたのは、つい最近のことです。その時には、このような書物は確かにありませんでした。何者かが侵入して、密かに置いて行ったか……あるいは、本当に貴方達に関係のある代物ということになりますが……この書物に、心当たりはありますか?」
「それが……俺には、この書物に心当たりは無いんだよな……。そもそも、これに使われてるのは、立派な動物の革だとは思うんだけどよ……俺が住んでた所じゃ、逆にこういう装丁の本は珍しいんじゃねぇかな。」
「確かに、この革がどの動物の革かはわからないが……私達の国では、物にもよるが、本物の動物の革を使用した製品は高級品で、私達が手にするような代物でもないな。」
「誰かが侵入した時に忘れたにしては、置き方が不自然な気もするし……誰かに読ませようとして、わざと置いて行ったようにしか見えないよな。」
「一先ず、中身を確かめることにしよう。エディーさん、中身を読み上げてみてくれないか?」
「うん……わかった。取り合えず読んでみるよ。」
クレールが本を手に取ったエディーに読み上げるように促すと、エディーはマイン達にも見えるように大きく本を広げて中身を音読し始めた。
我が祈りを聞きたまえ
正しき者たちの魂
遠く 遥か遠くより来りて
失われし輝きを取り戻さん
我が願いを聞きたまえ
輝かしき者たちの魂
失われし力を得
何を求めるか考えよ
我が後悔を聞きたまえ
吊るされし者の魂
過ぎたる力は
求めたすべてを曇らせる
我が決意を聞きたまえ
過去を無くせし者たちの魂よ
救い 救われ 生きていけ
吊るされし者は
暗き深淵にて獣となりて
孤独に待つ
読み終えた直後に、エディーの瞳に一瞬青き光が宿ったかと思うと、エディーは頭を抱えて俯き、苦しそうに声を漏らした。
「うぅっ……!」
「大丈夫か!?エディー!」
すかさずマインが声を掛けると、エディーは痛みを振り払うかのように首を左右に振って顔を上げる。
「っ……大丈夫、少し……眩暈がしただけだから……。」
「また……何かの力に当てられてしまったのか?」
「わからない、けど……読んだ直後に、何かの想いに触れたような気がするんだ。誰の、どんな想いなのかは、はっきりとはわからないけど……。それにしても……この本が何を意味しているのか、皆目見当がつかない内容だったね……。」
「そうだな……何かのおとぎ話か、神話を謳っているのだろうか?いずれにしても、私達が捜し求めている痕跡では無さそうな気がするな。」
「いくつかの魂について、しきりに言及しているようですね。本当に……貴方達とは無関係なのでしょうか?俺の記憶が正しければ、この書物は貴方達が現れるまでは存在していませんでしたし、全く無関係ではないように思えますが……。」
「仮にそうだとして、この本の内容には全くと言っていいほど心当たりが無いんだよなぁ……。今はとにかく……別の痕跡を探しに行こうぜ。この本の中身を覚えておくにしても、わからねぇ内は考えてても仕方ねぇしな。別の場所で目的の痕跡を探しつつ、この本の手掛かりになりそうなものも留意して探してみようぜ。」
「それもそうだな。私達が帰るための方法を探している内に、他にも奇妙な現象が起きている箇所を見つけることもあるかもしれない。この本が私達と無関係と決め付けるには、いささか早計過ぎたかもしれないな。」
「それじゃあ……この本は俺が持っておくよ。この遺跡の中を探索してる内は、いつでもすぐに読み返せた方が良いだろうし、もしかしたら必要になるかもしれないしね。」
「おっし、次は階段を上る前にあった地下住居に行ってみようぜ!俺達が倒れてた場所からは離れちまうが、庭から少し離れた教会に、ヴェスタさんの記憶に無いものがあったんなら、そっちの方にも行ってみる価値は充分にあるだろうしな。」
「では、そちらの方も案内しますので、付いてきて下さい。」
エディーが教卓に置いてあった本を手に取って抱えると、ヴェスタは先頭に立って再び歩き始め、マイン達は教会を後にして一度通り過ぎていた地下住居に向かう。
地下住居の玄関と思しき穴には、庭へ続く階段と同じ材質の段差があり、少し下ってから見えてくる古びた玄関の扉を開けると、中には石壁で覆われた住居ではなく、木材で囲われた暖かな雰囲気の部屋が広がっていた。
部屋に足を踏み入れると、木材が軋む音が室内に響き渡り、玄関を抜けた先には調理場が併設された居間が待ち構えていた。
台所を眺められるカウンター席が食卓として用意されており、居間から2つの方向に部屋が繋がっている様子で、ヴェスタは玄関から見て左奥に見える道を指し示すと、解説をしながら手前側にある木製の階段に話を繋げてマイン達を案内する。
「奥に見えるのが、この場所の更に地下に繋がる道です。何の意図があって掘り進めたのかはわかりませんが……大樹の根が届かない場所まで深く潜ってしまうと、生ける屍が闊歩していることが稀にありますので、今回は地下へ続く道へ降りるのは止めておきましょう。手前の階段を下りた先にある道にいくつかの部屋がありますので、そちらの方を見に行きますよ。」
「おう、生ける屍の危険性は痛いほど理解したつもりだし、一先ず安全そうな所から見ていくのが安牌だよな。」
ヴェスタの提案通りに、マイン達は手前の道から階段を下りた先にある部屋に向かうと、左右に道が分かれており、ヴェスタは迷わず右の部屋を選んで懐から鍵を取り出した。
先程自宅に寄って携帯してきた鍵を木製の扉に差し込むと、扉の鍵が音を立てて解錠され、ヴェスタは大きく扉を開いてマイン達を中へ招き入れる。
「どうぞ。ここにも、貴重な資料が遺されています。」
「さっきの鍵は、ここで使うやつだったんだな。」
「ええ、この部屋の鍵だけは現存していたようなので、俺が持ち帰って保管していたんです。ところで……この部屋の周囲を見て、何か気付くことはありませんか?」
「え?ただの書斎に見えるけど……」
扉を抜けた先には、壁一面に本棚が敷き詰められており、マイン達は感心したように声を漏らすも、ヴェスタの言う違和感に気付くことはできなかった。
マイン達が答えに辿り着かないことを悟ると、ヴェスタは木製の床や壁などを指して再び解説を始める。
「この部屋の周囲など、一部の場所では経年劣化が抑えられているんです。本来ならば、玄関口のように朽ちかけているのが自然ですが……いえ、玄関口でさえ、経過しているとされる年数にしては、持ち堪えている方なんです。この、経年劣化が抑えられているという現象が、先程も話題に上がっていた書物を移送しない理由になります。」
「言われてみれば、確かに……!この部屋の周りに使われてる木材は、まだ補修が必要なほど朽ちてる感じじゃないよな。」
「ああ。だが何故……そのような現象が起きているのでしょうか?不躾な質問で申し訳ありませんが……以前に誰かが補修工事をしたわけではないのですよね?」
「疑う気持ちもわかりますが……この遺跡は、俺の祖先の代から、継続的に管理が行われていたと伝えられています。俺の家には、遺跡の管理に関する詳細な記録が残されていますし、今まで遺跡の補修が行われた記録はありません。強いて言うなら、必要が無かったからやらなかった……と、言うべきでしょうか。劣化が目立つようになったのは、俺の両親や祖父母の代からですね。あぁ……ちなみに、認識の相違を生じさせないために申し上げておきますと……この遺跡が王国として栄えていたと言われている時代は、遥か昔の1000年以上前だと伝えられていますので、その歴史を踏まえれば……この劣化具合が異常だということにも気付けるかと思います。」
「「「1000年以上も前だって(なのですか)!?」」」
以前、レドからブラーヴシュヴァリエについて説明を受けていたマイン達は、詳細な年代は把握していなかったため、思わず声を重ね合わせて驚いた表情を見せる。
「少なく見積もっても、数100年とかそれぐらいのレベルだと思ってたぜ……。そう考えると……確かに木材とかの劣化具合がおかしい気がするぜ。だって、ヴェスタさんの一族が管理してたとはいえ、一度も補修とか改修工事はしてないんだろ?ヴェスタさんの話を疑うわけじゃねぇけど……もしそれが本当の話なら、この遺跡にある石材や木材は、全部当時のままだってことになるぜ?」
「どうして……この遺跡に使われてる木材とかの劣化がこんなにも遅れてるんだろう?ヴェスタさんは、その原因にも心当たりがあったりするのかな……?」
エディーがヴェスタに疑問を投げかけると、ヴェスタは淡々と言葉を紡いで質問に答える。
「ええ、実は……庭にある見上げるほどの大樹の力の影響で、この遺跡は『時の概念が薄い』とされています。どのような原理が働いているのかは不明ですが……大樹の根が近くにあるほど、その力の影響を強く受けているとされています。なので、同じ遺跡であるにも関わらず、場所によって木材などの劣化具合に差異があると考えられているんです。この書斎の近くには、大樹の根が張っているんでしょうね。」
「なるほど……雨ざらしとなる玄関口や、室内である書斎という異なる環境を除いたとしても、私達が倒れていた庭の床材には、劣化の兆候すら見られなかった……。どうやら、この不自然な環境を理解するためには、ヴェスタさんの話を信じるしか無さそうです。」
「生ける屍も寄せ付けず、根が張っている場所の近くにある物体の時間を遅くするなんて……。そんな不思議な大樹の近くに、なんで俺達は倒れてたんだろう……。」
「案外、その理由を解明できたら、俺達が家に帰るための方法が見つかったりしてな。とにかく……折角こんな状態の良い場所があるなら、俺達の国が記載されてる書物がないか探してみようぜ。さっきみたいに、ヴェスタさんの記憶に無いものがあるなら、それも手掛かりになるかもしれないしな。」
マインが張り切って身を乗り出した瞬間、ヴェスタが少し申し訳なさそうな声色でマイン達に声を掛ける。
「すみません、つい話し込んでしまいましたが……実は、もう既に俺の記憶に無いものが、目の前に置かれているんです。」
ヴェスタの告白にマイン達が驚いていると、ヴェスタは本棚の間に挟まるようにして置かれた書見台を指して口を開く。
「俺の記憶が正しければ……あの書見台に置かれている本は、本棚に収納されていたはずです。右から2つ目の2段目……確かに、そこにしまわれていたはずですね。」
ヴェスタの言葉と視線に釣られて、マイン達が該当する本棚へ視線を向けると——そこには、1冊だけ抜かれたような隙間があり、書見台に置かれている本の厚みとぴったり合致することに気が付く。
施錠されていた室内に収納されていた本が移動していたという事実を理解すると、エディーは目を見開いて顔を青くしながら震えた声を漏らす。
「も、もしかして……お化けの仕業だったりして……!?」
「んなわけないだろ。お前……幽霊が苦手だったのか?」
「これが幽霊の仕業かどうかはともかく、施錠されていた部屋の物体が移動しているのは気になるな。教会で見つけた本といい、万が一にも、私達が探している痕跡の可能性もある。エディーさん、再び読み上げてみてくれないか?」
クレールがしれっとエディーに音読の役割を与えると、エディーは若干身を震わせながらも書見台の前に赴く。
「え、えぇ……幽霊の仕業かもしれないものを、俺が読み上げるなんて……。……と、とにかくやってみるよ……。」
「水を差すようで申し訳ありませんが、その書物は解読が必要なもので、現段階で読むことは不可能ですが……」
エディーが書物を広げ、ヴェスタが書物の中身を覗くと——ヴェスタは驚いたように目を見開き、呟くように言葉を紡ぐ。
「これは……原文の下に、解読された文字が書かれてるじゃないですか……。」
ヴェスタが解読された文字を見て硬直していると、マインはヴェスタに疑問を口にする。
「今、この本は解読が必要だって言ってなかったか?ヴェスタさんがそんな反応をするってことは、今までは解読された文字なんて書かれてなかったんだろ?」
「ええ、この書物には……解読が必要な原文しか書かれていませんでした。一体、誰がこの文字を解読したというんですか……。」
「解読には、少なからず時間が掛かるはずです。この書物を解読した人物は、それなりに遺跡に滞在していたことになりますが……。」
「中身を読み上げてみるよ。この解読が本当なのかは判断できないけど……意味が通る文章なら、手掛かりを探すきっかけにはなるかもしれないし……」
エディーはそう言って深呼吸をすると、意を決して書物の内容を読み上げた。
太古の昔
異界の扉 開きし夜
世には混沌満ち
終焉を誘わん
儚き命 無情に散り
抗う者 己を恨む
統べる者
己が可愛さ 背を向けて
民を失い 暗き闇の中
儚き命 星に祈り
混沌鎮めし 救いを求めん
儚き命 天に願い
終焉閉ざす 光を求めん
求めし希望 紡がれず
混沌 世を蹂躙す
祈れど 願えど 紡がれず
終焉 世を導かん
光無き 黒き地に
己が身を晒すことなかれ
混沌 儚き命を喰らい
世に終焉をもたらさん
エディーが書物を音読し終えると、マインとクレールは首を傾げて思考を巡らせる。
「この書物も、何かのおとぎ話や神話を謳ったものだろうか?」
「うぅーん……意味がわかるような、わからないような……昔にあった悲劇を謳ったものに見えなくもないよな。」
「儚き命、星に祈り……儚き命、天に願い……それに、希望を求めて……。……うぅっ、なんだろう、この感じ……身体の内側に……何か引っかかるものがあるような……」
エディーが胸元を抑えて俯き、苦しそうに声を漏らすと、マインとクレールはエディーを心配して顔を覗き込みながら声を掛ける。
「大丈夫か?エディー。」
「少し休んだ方が良いかもしれないな。色々なことがあった直後だ、まだ心身共に疲弊している可能性がある。」
「では、ここを出てすぐ隣の部屋に座れる場所があるので、そこで少し休息を取りましょう。」
ヴェスタが部屋を出るように促すと、エディーは顔を上げて首を左右に振り、調査を継続する姿勢を見せる。
「ううん、大丈夫……少し、胸の内に引っ掛かるものがあるだけだから……俺は全然、大丈夫だよ。今は少しでも長く調査を続けて、一刻も早く家に帰る方法を探さないと、家族や友達が心配してるだろうし……」
「……なるほど、急いて探し物をしている理由は、残してきてしまったご家族やご友人を心配してのことなのですね。」
「そうだよ。……あれ?ヴェスタさんには、さっき説明したような気がするんだけど…………えっ?」
エディーは頭に疑問を浮かべて周囲を見渡し、声がした方へ視線を向けると——書斎の出入り口に1匹の狼が座り込んでおり、狼と目が合ったエディーは硬直して狼を眺めることしかできなかった。
マイン達も一斉に書斎の出入り口へと視線を送り、狼の存在に気が付くと、呆然と口を微かに開いて眺めることしかできなくなっていた。
しばらく沈黙が続いた後——群青を帯びた灰色の毛並みと琥珀色の眼を持った狼は、表情を和らげて笑い、口を開いた。
「そんな固まってしまって、どうしたのですか?……ああ、私のこの姿に驚いているのでしょうか?安心して下さい、冗談でも噛み付いたりしませんから、少し……お話を聞いて頂けませんか?」
狼が女性の声で言葉を紡ぐと、今まで硬直していたエディーがハッとした表情を浮かべ、急に身を震わせて叫び声を上げた。
「う、うわぁあああ!?狼が喋った!?これも、お化けの仕業だったり……!」
「んなわけねぇだろ、少し落ち着けよ、エディー。」
まるで漫才のように、マインがエディーの頭を軽く叩くと、狼は首を傾げて考え込むように目線を上げる。
「幽霊、ですか……あながち間違ってはいないかもしれませんね。」
「あの、ヴェスタさん……この遺跡には、人語を話す狼が暮らしていたのですか……?」
クレールが困惑した表情でヴェスタに問い掛けると、ヴェスタも面食らったように顔をしかめてクレールからの質問に答える。
「いえ……人の言葉を話す狼を見たのも、今回が初めてです。一体……前回の清掃の後で、この遺跡に何が起きたと言うんですか……。」
マイン達が各々困惑した仕草を見せていると、狼は腰を上げてマイン達を見上げ、口元に笑みを浮かべて言葉を紡ぎ出した。
「その答えを知りたければ……庭にある大樹の根元まで来て下さい。そこで……皆さんが探し求めている答えをお話しましょう。」
そう言って踵を返し、歩き始めた狼の背中に向けて、マインは思わず動揺を隠し切れずに声を張り上げる。
「ちょ……ちょっと待ってくれよ!俺達が探し求めてる答えって、まさか……!」
狼はマインの声を聞いても振り返ることはなく、そのまま歩き続けて階段を上っていく。
マインとエディーが呆然と立ち尽くしていると、クレールは顎に手を当てて思考を巡らせ、マイン達に外に出るように促す。
「あの狼の言っていることが本当かどうかはわからないが……今の私達にとって、少しでも手掛かりが欲しいのは確かだ。一縷の望みを賭けて、あの狼の言葉に従ってみないか。」
クレールが狼の言動に従う旨を伝えると、マインとエディーも思考を巡らせるように俯いてから返事を伝える。
「そうだな……この遺跡に起きた異変と俺達が関係してるなら、あの狼から有力な情報が聞けるかもしれねぇしな。」
「このまま立ち止まってるよりかは、きっと……良い方向に転ぶはずだよね。」
「エディーが持つ異能のこともありますし、念のため警戒しながら後を追いましょう。」
全員の意見が合致すると、マイン達は書斎を後にして来た道を戻り、玄関の扉を潜って再び外へと赴く。
マイン達が外に出た頃には、狼は既に庭へと続く階段を上り始めており、遺跡のあちこちには様々な毛並みを持った狼や猫が自由気ままに過ごしていた。
狼や猫が遺跡の中で暮らしている姿も初見だった様子で、ヴェスタが「これは一体……」と独り言を呟くも、深く追求はせずにマイン達と共に石造りの階段に足を掛ける。
今度こそ、家に帰るための手掛かりが見つかるかもしれない——そんな淡い期待を胸に抱き、マイン達は階段を上り切って庭の中央に鎮座する大樹へ視線を向けると、先に向かったはずの狼の姿を捜して辺りを見渡した。
すると、大樹の根元に座り込んでいたのは、群青を帯びた灰色の毛並みを持つ狼だけではなく——青白い毛並みに青い瞳を宿した猫が、狼の隣に腰を下ろしてマイン達の到着を待っていた。
「ようやく来たのか。来るのが遅すぎて、待ちくたびれたぞ。」
狼だけが待っていると思い込んでいたマイン達は、男性の声で人語を話す猫を前にして、再び硬直することとなった——。
次回投稿日:4月3日(金曜日20時頃)




