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夢見る星のウタ  作者: TriLustre
第1章「見知らぬ世界の救世主」
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第1話「始まりの■■」

 見上げるほどの大きな窓から光が差し込む、壮麗な城のとある廊下にて——小さな銀髪の少年が一生懸命に廊下を走り、無邪気な顔で、とある一室の扉を開ける。


——父上!見せたいものがあるのです。——


 室内には、椅子に腰を掛けた黒髪の男性が机に向かっており、父上と呼ばれた男性は立ち上がって少年のもとへ近付くと、屈み込んで少年と目線を合わせる。

 何事かと問いかける父親を前に、少年は意気揚々と自分の懐から両手で持つほどの球体を取り出し、得意げな様子で球体を男性に見せ付ける。

 淡い青や紫に光り輝く、神秘的で美しい宝石のような球体——少年は球体を大事に持ったまま、男性に向けてこう伝えた。


——父上、この星の中には……『ウタう星』が眠っているんです。——




 手入れが行き届いた美しい庭園……花々が咲き誇り、木々が生い茂り、石材で造られた堀に観賞用の魚が健やかに泳いでいる。


——お父様、知っていましたか?あの黄色い花は、私達との……——


 凛とした雰囲気を醸し出している、長い黒髪の女性は——銀髪の青年と共に庭園を訪れ、庭の中央に聳え立つ見上げるほどの大樹の根本へと歩を進める。

 根本に作られた隠し部屋に入り、持ち込んだ箱に黄色い花の押し花を入れ、台座の代わりに壁の窪みに箱を隠す。

 女性は箱に向けて祈るようにして手を合わせ、箱の中に詰めた花へ願いを込める。


——お父様、この花が枯れ果て還るときは、雪舞う景色のように美しいですよ。——




 四方八方から聞こえる叫び声、逃げ惑う人々の顔、崩れ去る文明の軌跡……。

 闇に呑まれた空と、燃え尽きる大地に支配された凄惨な世界——そのとある山の中で、紫髪の青年は力なく項垂れていた。


——尊き命の輝きを、愛しく温かい大地の恵みを……守りたかった、救いたかった……。——


 目の前にある湖は赤く染まり、豊かな色で溢れていた花々は例外なく花びらを散らしていた。

 湖の周辺に芽吹いていた命は息遣いすら聞こえなくなり——以前は青々としていた大地に、今や地獄のような光景が目の前に広がっている。

 青年は涙に濡れた顔を上げて光が失われた空を仰ぎ、星のように白く輝く杖を持ったまま、空いた片手を胸に当てる。

 押し寄せる後悔と悲しみに苛まれながらも、そのまましばらく思慮に耽り……やがて僅かな力を振り絞るようにして立ち上がると、何かを決意したかのように閉じていた瞼を開ける。

 瞼の裏には——深い海のような青き瞳を宿しており、青年は己の身体に光を纏わせ、両手で祈るかのように杖を握り締めた。


——なればこそ、無駄死にをするくらいなら……我が命で以て、未来に希望を遺そう。——


——いつの日か、闇に阻まれて届かなかった希望の光が……地上を訪れ、遺された願いを手にする者が現れる、その時まで。——






「巻き込みたく……なかったのに……。」






 冷たい風が頬を撫でる、ある日の夕暮れ時——。

 空を行き交う白き翼の音が落ち着きを取り戻した頃、ガラス張りの屋内に慌ただしく足音が鳴り響き、出会いと別れを紡ぐ人々の話し声が四方八方から飛び交っている。

 荷物を引く音が行く先々から聞こえてくる中、多くの人々が行き交う玄関口を通って、2人の青年が大きな荷物を抱えて扉を潜り抜ける。

 2人は紫色の髪を風になびかせて、深い海のような青い瞳で周囲の様子を伺うと、一息吐いたかのように肩の力を抜き、雲一つ無い空を仰いだ。


「……着いたね、兄さん。無事に辿り着けて良かった……。ホテルまでは、タクシーで行くんだったっけ?」


 髪を鎖骨ほどにまで伸ばした青年は、行動を共にしている青年に声を掛ける。

『兄さん』と呼ばれた青年は、携帯を取り出して時刻を確認していた様子で、声を掛けられたことに気が付き、声を掛けた青年に向き直って口を開いた。


「ああ、そうだな……タクシー乗り場へ向かおう。エディー……疲れていないか?」


 『エディー』——そう呼ばれた青年は首を左右に振り、口元に笑みを浮かべる。


「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう、兄さん。のんびり観光もしたいところだけど……それは明日だね。」

「……ああ。今日はもう、ホテルで休むとしよう。」


 話している間にも、徐々に日は陰り闇が近付いてくる。

 エディーは軽く伸びをして荷物を持ち直し、兄と共に空港内に設けられたタクシー乗り場へ向かうと、そのまま待機していたタクシーに乗り込む。

 予約を取ったホテルへ向かう最中、暗闇と馴染み始めた街を眺めて、エディーは胸を躍らせる。


「今日はホテルに泊まって、明日は観光して……明後日はマインやクレール達と一緒に山を登る……今から楽しみだよ。」


 兄弟はエディーの親友と交わした約束——共に登山をするという約束のため、遠路はるばる親友が暮らす国へ訪れたところだった。

 腕を組み、静かに乗っていた兄は腕を解き、エディーの顔を見つめながら口を開く。


「……話は聞いていたが、エディーの親友と会うのは初めてだな……。エディーの友として居てくれることに、兄として礼を言わなければならないな。」

「い、いや、それは……やだなぁ、恥ずかしいよ……。」


 兄の言葉にエディーは動揺し、目を丸くして気恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 慌てるエディーの様子に、兄は首を傾げて言葉を紡ぐ。


「……何も、悪いことではない。2人へ礼を伝えたいのは、俺の本音でもある。エディーは……幼い頃からずっと独りで家に居た。体が弱く、外出もままならなかったエディーが……こうして誰かと共に出掛け、世界を見聞きし、親友と呼べる友に出会えた……。俺も、父も、そのことを純粋に嬉しく思い、その想いはエディーの友に礼を言うに値するものだ。」


 真剣に答える兄の姿に、エディーは口籠って肩をすくめる。

 この様子では、止めることは出来ないだろう——エディーは潔く諦めることにした。


「でも、そうだね……体が弱くて、ずっと父さんや兄さんに心配を掛けて……2人がめげずに支えてくれたから、俺は外に出ることも出来たし、マイン達とも出会えたんだ。マインとクレールが親友になってくれなかったら、俺は今でも独りのままだったし、殻に閉じこもっていたかもしれない……本当に、皆のお陰だよ。」


 エディーが改まった口調で話すと、兄はエディーの頭へ手を伸ばし、その頭を軽く撫でる。


「……俺は家族として、当たり前のことをしただけだ。友への感謝を……忘れないようにな。」

「兄さん……うん、忘れないよ、ずっと……。」


 夜景を見ることも忘れて2人で話を続けている内に、タクシーは目的のホテルへと辿り着き動きを止める。

 代金を支払い、トランクに詰めた荷物を取り出してホテルのロビーへと向かうと、広々とした室内には高級感のあるソファやテーブル、品揃え豊富な売店が据え置かれていた。

 ロビーには陽の光を思わせるような温かみのある光が溢れており、少なくない人々が荷物を引いて往来している。

 エディー達は真っ直ぐに受け付けへと向かうと、そのままホテルへのチェックインを済ませた。


「アベル・イーグルトン様ですね。ようこそ、お越し下さいました。ごゆっくりお過ごし下さいませ。」


 『兄』と呼ばれていたもう1人の青年——『アベル』は部屋の鍵を受け取ると、エレベーターを指して乗るようにエディーに促した。

 2人でエレベーターに乗り、アベルが目的の階を指定して扉が閉まる様子を眺める。

 先程まで聞こえていた喧騒から隔絶された空間に身を置き、階数を示す光が移ろいゆく様を大人しく見つめていると、やがてエレベーターは目的の階まで辿り着き、ゆっくりと扉が開かれる。

 エレベーターを降りた2人は、ロビーと同じ光が使われている廊下を進み、いくつかの扉を通り過ぎたところで予約していた番号を見つけ、鍵を開けて部屋の中へと入る。

 引いていた荷物から手を放し、靴を脱いで玄関から上がると、エディーは待ち望んでいたかのように整えられた寝台へと飛び乗って声を漏らした。


「ふぅ……これで、荷物は部屋に置いていけるね。長かったなぁ……。」

「……他の国へ登山をしに、大荷物を抱えることも少なくないが……やはり、多くの荷物を抱えることは、何度経験しても疲労が溜まる。」

「うん、本当に大変だね……。それだけ、明後日の約束が楽しみだな……。あ、あと……この後の夕飯とか、『オンセン』……とかも楽しみかな。」


 寝台に横になっていた身体を起こして、エディーが今後の予定に胸を躍らせていると、アベルが思い出したかのようにエディーに問い掛ける。


「……以前、親友と共にホテルに泊まった際、温泉に中々入れなかったと聞いたが……大丈夫か?」

「あ、あれは……その……。大勢で1つの風呂に入ることが、そもそも初めてだったから……つい、恥ずかしくて……。」


 エディーは当時の自分の様子を思い出し、気恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「あの時は、2人に迷惑を掛けちゃったな……。……ああっ、でも、今は大丈夫だから……マインが粘り強く付き添ってくれたお陰で、何とか入れるようにはなったから……。」


 慌てて弁明をするエディーの仕草を見つめて、アベルは心配そうに微かに眉を下げて助け舟を出した。


「……そうか、それならいいが……無理はしないことだ。幸いにも、このホテルには部屋に備え付けの浴室がある。どうしても無理な場合は、浴室を利用すると良いだろう。」

「……うん。ありがとう、兄さん……。どうしても無理そうだったら、ちゃんと言うから大丈夫。」


 アベルを安心させるために、エディーは口元に笑みを浮かべてアベルの言葉に答える。


「……なら、荷物も置けたところで、下に降り食事を摂るとしよう。」

「そうだね、お腹空いたな……。どんな料理があるか、今から楽しみだよ。」


 エディーとアベルは部屋を後にし、下層に置かれた食事処へと向かう。

 自由に料理を取り分けて食事を摂れる形式に、エディーは目を輝かせながら様々な料理に手を付け、美味しそうに次々と口に運んでいく。

 対面の席に座り、料理を口いっぱいに頬張るエディーの姿を見つめながら、アベルは少しずつ様々な種類の惣菜を嗜む。

 時折会話を挟みながら、食事を充分に楽しんだ2人は、更に下層の温泉へと向かい、入浴を済ませる。

 途中、エディーは暖簾を潜ることを躊躇ったものの、勇気を振り絞るかのように決意を固めて入浴を済ませることができた。

 入浴を済ませた後、エディーは売店で夜食用の飲み物や菓子などを購入し、アベルと共に部屋に戻るため、再びエレベーターに乗り込む。

 しかし——階数のボタンを押したところで、エディーは眩暈のような感覚に襲われてふらつき、目元を抑えて壁に手を付いた。


「……エディー、どうした?」


 心配したアベルが体を支え、エディーの顔を覗き込むと、エディーの額には汗が伝っており、眉間に皺を寄せて苦悶の表情を浮かべている。

 エディーは不調を払うかのように首を左右に振ると、困り顔でアベルの顔を見つめ返して口を開く。


「……ちょっと、眩暈がして……ここまで移動の連続だったから、流石に疲れちゃったのかな……。でも、もう大丈夫。部屋で休めば、きっと良くなるから……。」


 アベルは胸の内に不安が湧き上がるも、平常心を保つように心掛けて優しくエディーに声を掛ける。


「……そうか。……今日はもう、部屋で横になるといい。夜食も、翌日の楽しみにしておけ。」

「うん、そうするよ。明後日の約束に行けなかったら、それこそ本末転倒だからね。」


 「もう大丈夫」と自分の体を支えていたアベルの手から離れ、エディーはエレベーターを降りて部屋へと歩き出す。

 まるで遠くへ行ってしまうかのような儚い後ろ姿に、アベルは胸騒ぎを覚えてエディーの背中を見つめる。

 なぜ、そう思うのか——すぐに答えは見つからなかったため、アベルはエディーの後を追い掛けて2人で部屋の扉を潜った。

 エディーは部屋に戻ると寝支度を整え、荷物を纏めてからアベルに一言声を掛ける。


「……それじゃ、おやすみ、兄さん。」

「……ああ。……おやすみ、エディー。」


 エディーの声にアベルが答えると、エディーは微笑んで寝台の横に立つ。

 しかし——エディーが横になるために寝台の横に立った瞬間——エディーは突然、目の前がフラッシュバックしたかのような感覚に陥り、視界が何度も白く明滅を繰り返したかと思うと、同時に激しい頭痛と眩暈に襲われて頭を抱える。


「ぅっ……!!……うぁっ……!!」

「……!?エディー……!!」


 アベルはすぐさま異変に気が付き、洗面台に向かっていた体を寝室に引き戻した。

 兄から名前を呼ばれたものの、エディーは頭の中で何度も浮かび上がる光景に視界と声が搔き消されてしまい、アベルの声に返事をすることはなかった。

 高く積み上げられた人々の死骸の山、文明ごと燃え尽きていく緑豊かだったはずの大地、逃げ惑う人々に喰らい付いて命を貪る骸、夜と見間違うほどに闇に染まった黒い空。

 そして——炎を纏う剣と光を宿した弓を携えて、戦に身を投じる男と女の姿——。

 自分に声を掛けた兄の言葉と重なって、人々の祈りの声や悲痛な叫びが耳の内で響き渡り、心の中に欲に塗れた願いの声がフラッシュバックする光景と一度に襲い掛かってくる。

 胸の内が締め付けられるかのような、叫ばずにはいられないほどの痛みを覚えたため、エディーは固く瞼を閉じて悲惨な光景から逃れようと試みる。


(……苦しいっ……痛い……っ。……一体、何が起こって……っ。)


 エディーは固く瞼を閉じ続けて、声を拒絶するかのように両手で耳をしっかりと塞いだ。

 それらの行動が功を奏したのか、人々の叫びや視界の明滅はぴたりと鳴りを潜め、音の無い静寂が訪れた。


(収まった……のかな……。)


 あまりの静けさに安心して目を開けたのも束の間——視界にはただ真っ白な世界が広がり、胸の内が強い孤独と罪の意識に囚われる。


(……寂しい、辛い……っ。……俺は、何をそんなに……っ。)


 エディーは自分の身に起きた事態を理解することができず、ただ困惑して視線を地面に落とすと、不意に人の気配を感じて目の前へと意識を向ける。


「っ……!兄さん……!」


 咄嗟にアベルが近くに寄ったのだと思い、エディーはアベルを呼びながら勢いよく顔を上げるも——そこには、青い羽衣を纏った白装束の青年がエディーに背を向けて佇んでいた。

 青年は兄弟と同じ紫色の髪であったものの、エディーは青い羽衣と白装束に見覚えが無かったため、唖然として青年の後ろ姿を見つめ続けた。

 やがて、悲しみを背負っているかのように俯いていた青年は、エディーの存在に気が付くと、ゆっくりと振り返り、エディーと顔を見合わせる。

 振り返った青年の顔を確認した瞬間——エディーは驚いて目を見開き、信じられないといった様子で思わず口を開いた。



「……お、れ……?」



 見慣れない装束に身を包んだ青年は、エディーと全く同じ容姿をしていた。

 エディーの姿を認識した青年は目を見開き、動揺した仕草を見せて、涙を流しながらエディーに向かって叫んだ。


——…げ……!!……に…て……!!……ら、……ダメだ……!!——


 青年は何かを必死に伝えようとしたものの、その声は殆どエディーの耳には届かなかった。

 青年が自分と同じ容姿を持つことを理解した直後に——エディーの体から力が抜けていき、横に傾いて倒れていく。

 失われゆく意識の中で、エディーは自分のもとへ駆け寄るアベルの姿を捉え、縋るように力を振り絞って手を伸ばした。



「……兄、さ……」



 それを最後に、エディーの意識はぷつりと暗闇の中へ途切れた——。



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