第8話
すさまじく元気な双子、チーセンとラーセン(かなりいい加減な命名)が別棟に移り住んでから、セーンは少し(ほんの少し)だがさみしく感じられ、暇に任せて国境近くのチーラ所有の地所を訪れた。チーラは時々この辺りの事務的な事をしている。それで現地視察にチーラも付いて来ている。こうチーラは言っているが、今までも、今からも、セーンが一人、出かけることはない。必ずチーラは付いて来る。
チーラと一緒に国境伝いに歩いてみることにしたセーン。国境は二つの国の間を流れているさほど大きくもない川がその役目を担っている。一応、川の流れの真ん中にお互いの国どおしで気のすむまで結界を張っているようだ。セーンにも感じられるレベルの結界である。おそらく投げた石も弾かれて戻って来るだろう。魔物の国の結界の方が強い。『魔力が専門だからね』とセーンは思った。
「こんな、向こうの魔力頼みみたいな国境で良いのかな。大丈夫なの、チーラさん」
少し気になって聞いてみるセーン。
「私達獣人は魔力よりも腕力で勝負しますもの、こういう国境になってしまいますわ。どうせ戦争を始めようと思った時は向こうから攻めてきますから、こんな国境で事足りてるって所ですわね。やって来たら応戦って事ですの」
「そうなんだ。今まで奴らが攻めてきたこととか有ったの」
「王様が若い頃は、何年も戦争が続いたこともあったそうです。そのころ、この辺りにはココモドラゴンの住処があって、私達獣人は、そのドラゴンと共に戦って、魔物の国を打ち負かしたそうですの」
「へぇ、だけど、そのドラゴン。ここに来てから見かけた事ないけど何処に行ったの。今度、戦争になったら居ないと不味いんじゃないか」
「それが、以前の勝利のその後、私たちが油断していた隙に、魔の国の奴らは、きっと魔力でドラゴンを滅ぼしたんだと思いますの。急に数が減りだし、ほぼ二年ほどでココモドラゴンたちは全く居なくなり、滅んでしまったのだと判断されましたのよ」
「それは大変じゃないか。減りだしたと気づいた時、何か手を打つべきじゃなかったのかな」
「例えばどういう手ですの」
「まだ生きているのが沢山居るうちに、捕まえて研究しないと。でも、もう遅かったな。まったく問題無い時から、ドラゴンの健康状態とか、罹りそうな病気とか、繁殖の仕方とか、そういう生態を調べてベストな状態を把握しておかないと。何か滅ぼされる可能性みたいなと言うのは今更だけど、弱点とかが分かっていないと、いざというときにお手上げだな。もう終わっちまっているようだけど、そんな感じだな」
「まぁ、きっとそうだったんでしょうね。私やミーラがまだ生まれていない時の事ですもの、どうしようもありませんわね」
チーラは感慨深げにつぶやいた。
セーンは今更だけど、『獣人国って戦うだけで、研究みたいなのは無しらしいな』と思ったのだった。
ある程度川上に行って、山の麓まで行きつき崖を上るのは散歩とは言えないと思い、セーンはここまでにして、引き返そうと思った。
「チーラさん戻りましょうか」
と振り返ると、チーラ王女は目や鼻が赤い。どうやら泣いていた感じである。
「どうしたんですか」
思わず尋ねたセーン。
「セーン様は、きっと私達獣人は愚か者だとお思いでしょうね」
「いえ、決してそんな風には・・・」
チーラの図星的な言いように思わず口ごもるセーン。それで、俯いてしまったセーンの目の前に、岩に挟まれて何だか丸っこいボールのようなものが落ちていた。
「・・・これは何かな」
興味が湧いて拾ってみようと思う。掌で何とか掴めたボールのような形の物はボールにしては大きすぎ、石の間に挟まっていたにしては、妙に暖かい気がする。弾力が少しあって、硬い石に少し押し込まれたように挟まっており、力を入れて引っ張り出した感じで拾い上げた。
「変だな。少し暖かいんじゃないかな。ほら、触ってみてよ、チーラさん」
チーラは鼻をすすって、セーンに言われた通りに触ってみた。
「暖かいわ、生きている、卵よきっと。何の卵かしら。って言うか、この崖の上は以前はココモドラゴンの繁殖地だったの」
「ココモドラゴンの卵かな。まだ生きている奴が居たのかな」
すると、崖の上から、ガサガサっと音を立てて、かなり大きなものがずり落ちて来た。セーンは慌てて、チーラを連れて後ずさった。
ずるずると落ちて来たのはドラゴンらしき生き物で、チーラは
「ココモドラゴンじゃないかしら」
「そうだね、まだ生き残っている奴が居たんだな。という事はこれはココモドラゴンの卵で間違いないかな」
落ちて来たドラゴンは瀕死のようだった。それでも賢そうな目をセーンに向けて、セーンの手の中にある卵を見て、またセーンの目を見た。
「分かったよ、ちゃんとこの子の面倒を見て、大人になるまで世話するからね。約束するから、安心して眠って良いよ」
セーンがそう言うと言ったことを理解したかのように、安心したように目を瞑った。この卵を産んだドラゴンで間違いないと思ったセーン。死んでしまったようだが、『俺、約束しちまったね』セーンは不思議なことに、ドラゴンの末裔を育てることを、その親ドラゴンと約束したのだった。
『こんな事していて、俺ら、ずらかれなくなってないかな・・・やっちまったな』
それにしても、ずらかる気はまだあるのかセーン。双子もいるのに。
「チーラさん、ココモドラゴンって、何食うか知ってる?」
チーラさん、珍しく首を傾けて、答えた。
「いえ、全く」
少しがっかりだ。
「そーか、調べよう。帰ろうね」
卵を抱えて、急ぎ家に戻るセーン。チーラの手を取って下る事は出来なかったが、チーラは自分のことは自分で何とかできるタイプだった。
セーンはチーラに構わず、家に戻ると、何でも知っているリューン叔父さんにコンタクトした。かなり遠方なので集中した。
『ちわ、叔父さん、叔父さんはひょっとしたら、この獣人の国が生息地だったけど現在は絶滅した感じの、ココモドラゴンが何食っていたか知ってる?』
リューン叔父さん、セーンがこの間の仕打ちをきっと恨んでいるとばかり思っていたのだが、遠方からの急なコンタクトは、何も気にしていないような様子で、奇妙な質問をしてきたのには、吹き出したくなった。が、しっかり我慢して答えた。
『山に居る小ぶりな動物だろうな、ネズミ、ウサギ、リス、夜には鳥も狩るだろうな。卵を見つけたんだな。ヤモちゃんが食われないように気を付けろよ』
『そうなんだ。ヤモちゃんは自分の面倒は自分で見れる奴だけど、一応気を付けておくよ。ありがと、じゃね』
必要な情報が知れたセーンは、卵を自室に持って行き、クローゼットを見て、良い感じの籠があったので、タオルを敷いて卵を乗せてみた。実の所、どうすれば良いか分からなかったのだが、何となく雰囲気を出してお世話している感にした。
「ま、こんな感じかな」
部屋に残って留守番していたヤモちゃんが、横に現れ、
「ココモドラゴンの卵、持って帰ったな。親のドラゴン、死んだな。俺、食われそうになるかもしれないし、行かなかった」
「へぇ、ヤモちゃん未来を透視出来るのか」
「未来は分からない、ドラゴンが居るから行かなかった。瀕死だったから、食われてやれとか言われそうでね」
セーンは小声で、
「冗談だろ。そんなことを、誰がヤモちゃんに命令なんかするんだよ」
「あの人のお付きの人が付いてきたら言うんじゃないか」
「そんな事ヤモちゃんに命令する権利のある奴は居ないし、馬鹿がそう言っても、俺がさせないから。それで、そんな事言いそうなやつがいるんだったら。一人で残っていた方が不味いんじゃないのか。ついて来ればよかったのに」
「いや、瀕死のドラゴンは危険だ。食い物が辺りに無いから死んでしまったけど。俺があの場に居たら、食われそうだ」
「そうなのか、じゃあ、こいつが生まれてある程度躾けるまでは、本来の形はやめとけよ、危ない。ずっと人型で居た方が良いな」
「うん、そうする」
セーンがヤモちゃんと顔を突き合わせて話していたら、チーラが入って来て、
「ご相談は終わりましたか」
と言った。そう言われて、セーンも思い至って、
「うん、これからしばらくはヤモちゃんは人型で居るけど、俺の使い魔だからね。皆に言っておいてくれるかな」
「ええ、でもセーン様がじきじきおっしゃった方が、理解が行き届きそうな気がしますわ」
セーンは内心、思った。
『本当の所は皆、言っても理解できないくらい、アレなのかな。現物のヤモちゃんを見せて、セーンの使い魔です、と紹介しないと分からないのかな』
「じゃぁ、使用人さんを集合させてよ。卵の事も言っておこう」
「かしこまりましたわ」
チーラはそう言って部屋から出て行った。
それでセーンは、
「ヤモちゃん、実の所ここの使用人さんって頭の程度はどんな感じなのかな。利口なのか、普通なのか、足りないのか」
「ニキさんちの人たちとはだいぶレベルが下がる、あそこは特別だな。けど、この国の何処の使用人さんも似たような感じで務まってるな」
「うーむ、入れ替えても無駄だって、似たような感じって事だな」
セーンは使用人たちの事はともかく、チーラの付き人のあの年配の人たちの事を考えた。此処に連れて来られる日、ヤモちゃんにのすように言ってしまったから、きっとヤモちゃんはあいつらとは気まずい関係になっているんだと思った。館に訪問した事のある三人の内、年配の役職有りみたいな感じの人と、しつけが、しつけが・・・と言っていた人はチーラさん担当の用で、時々此処でも見かけた。
「ヤモちゃんと、チーラさんの付き人は気まずい関係なのかな」
思い至って聞いてみた。
「今までは、出来るだけ顔を合わさないようにしてきた」
「だろうな。なんか悪かったな。こんな結果になって」
「セーンは悪くない。俺が迂闊。セーンはチーラさんを気に入ったのに、俺の考えが足りなかった」
「えーっ、俺があいつを気に入ってたって」
「皆、そう思った。笑って、目が合って一秒見続けた」
「うっそだろ、一秒って意外と長いぞ。そんなに見てないってば」
「あの時居た皆は、一秒見ていたと言っている。俺らの間では、人は初対面で一秒以上見続けたら、相思相愛と相場は決まっている」
「えぇーっ、俺はそんな自覚ないからな」
「人は自分の事が良く分からない傾向があるな。一秒は相思相愛、だからセーンは逃げなかった」
そこへチーラが戻って来た。
「セーン様、今日ここに居る人は集めましたわ。どうぞおっしゃって」
気のせいか、何だか華やいだ雰囲気で言った。今の話、チーラは聞いていたのだろうか。ヤモちゃんが伝えて来た。
『聞こえている、獣人は耳が良く聞こえる』
セーンはなんだか恥ずかしい気分だが、使用人さんがぞろぞろ入って来て、そんな雰囲気は吹き飛んだ。付き人二人も混じっている。
ドラゴンの卵の件、発表すると皆どよめいた。期待感があふれ出すが、セーンとしては『一匹いてもどうしようもないのでは』と思う。それとヤモちゃんをセーンの使い魔として紹介した。付き人二人は、ポーカーフェイスを保っておられず、渋い顔をしている。セーンは内心『のすってのはヤモちゃんとしては、どういう感じにすることなのかな』と思ったのだった。