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第7話

 

 セーンは隣の獣人国の王女、チーラに不覚にも捕まってしまった。

 瞬間移動で連れられてきたところは、何だか古い教会のようだ。

 嫌な予感がする。腕を掴まれたままのセーンは、王女に引きずられるように教会の中に入ると、予感的中で、神父さん風の人が待っていたし、野次馬っぽい大勢さんも集まっていた。

 万事休すと思ったが、セーン、最後のあがきをする、この雰囲気を変えたい。そして隙を作ってその隙間から逃げるのだ。

「みなさーん、僕は結婚はシマセーン。シマ・セーン。今から僕の名はシマ・セーンにしますからっ」

「シマ・セーン、しませーん、シマ・セーン、しませーん・・・」

 セーンは声を限りに叫んだが、ふと気付いた。『こいつら、ニール語分かってないな・・ オワっタ』

 セーンが騒いでいる間に、居なくなっていた王女。内心『しまった、今逃げ出せたんじゃないかな』思った所で、すぐに戻って来た王女、どうやらウエディングドレスに着替えたようだ。すごい早業と言える。そして、セーンは自分の迂闊さには、真から終わったと言えると思った。

 反省したところで後の祭りで、また腕を掴まれて、セーンはとうとう王女と結婚式を行う羽目になってしまった。もっと抵抗すれば逃げ出せたかもしれないが、目をぱちぱちさせて見つめられたセーンは、なぜか言いなりになってしまった。思い返してみると、何か技を使っていたようだ。おそらくチーラは、思いどうりに人を動かすことが出来るのかもしれないと思う。

 『愛のない結婚ってどうなのかな。でも、王族ってのは大概、政略結婚なんだろな』

 式が終わって、セーンの自室らしき所に通され、ぼんやり思った。『瞬間移動できない仕様の部屋ってのは、軟禁状態と違うか』



 お世話係の人が来て、身振りで夕食の時間を知らせに来た。カラクリ時計の針を指さし、7時かららしく、着替えを持ってきて、風呂の場所のドアを開けて見せ、立ち去った。何歳か分からないが、かなり年配の女性だ。

 セーンは思った。『きっと、世話係は皆婆さんだろな。浮気させない配慮というか、きっと誰彼構わず浮気する獣人ってのの浅ましさみたいなのが、想像できるな』

 この状況、どうにもならないと分かると、すっかり開き直ったセーンは、フンっと思って風呂に入り着替えて、部屋は暑いので外に行こうとしたが、ドアには鍵がかかっていた。『くそう、なんか馬鹿にされているな』

 ドアを蹴飛ばし、服を脱いで涼んでいると、夕食に案内するつもりらしい婆さんが来た。

 不機嫌そうに睨むと、少しおよおよして、食事の時間になったと言い出したが、無視していると、王女様がじきじきお出迎えだ。

「セーン様、お食事ご一緒に致しましょうよ。このお部屋、気に入っていただけたかしら、急いで私たちの家を用意していただいたの。お城に住むのはセーン様が嫌われるのでは、と思って、王様にお願いしていましたの。今日の式の後にやっと間に合って、本当に良かったですわ」

「ふうん、で、ここは一体何処なの」

「王都の私名義の土地ですわ。二人の住む家を造っていただいていましたの。土地が広いので王都の中にあるんですけれど、静かでしょう。二人だけの家ですから、小ぶりな間取りにしましたの。家族だけが住む造りですわ。客間はありませんの」

「それは良いね」

「褒めていただいて、チーラ、嬉しいですわ」

 セーンは別に褒めた心算はなかったが、チーラ、自分の都合の良いように解釈できるようだ。というのも、

「お食事の前に・・・されますの・・・」

 セーンが服を着ていない所為で、良いように誤解するチーラ。ムカついてきて、睨みながら服を着だすセーンである。

 二人で食堂に行く途中、辺りで見かける使用人は年寄りばかりである。

「若いのは戦争にでも行ったのかな」

 思わず聞いてみると、

「戦争があっても無くても、若者は兵隊です」

「ふうん、そういや、北ニール側じゃない方の国境は魔物の国だよな。小競り合いとかある訳」

「そうなんですの。ですから、生まれてある程度育ったら、兵士の学校で訓練を始めます。男の子はお勉強より、戦いの訓練が先ですの。学校と行っても兵士の育成所ですわ。そして、王族の男子は軍隊の指揮官としての訓練もありますの」

「ふうん、厳しい環境みたいだね」

「それはセーン様の御一族の方々もでしょう。レン様をはじめとするソルスロのお生まれの方や、グルード家の方々も、地下の魔物相手にご活躍と伺っていますし、セーン様も癒し能力を極めておいでで、魔物など寄せ付けないとの、お噂は伺っておりますの」

「げっ、そんなこと知ってやがるのか。でも、俺の場合は使い魔の『壁の上一家』のした事がほとんどだからな」

「かべのうえいっか?」

「俺の使い魔達の名だけど、俺がお前に捕まって此処に来たから、連れて来てない。それに獣人は自分より小さい生物は食い物と思うんだろ。ヤモ達がそう言って付いて来るのを嫌がっていたな」

「まぁっ、それは濡れ衣ですわ。私達、セーン様の使い魔を食べるほど愚かじゃありませんわ」

「そりゃ良かった、それを聞いたらあいつらも、こっちに来るかもしれない。かもしれないって所だからな」

「まぁっ、酷いですわ。私達獣人は、それほど食いしん坊じゃありませんの」

 チーラ王女がいくら憤慨しても、セーンを追いかけて来たのはヤモちゃんだけだった。

 セーンはチーラと話をしている間に、ヤモちゃんがポケットに入って来たのが分かった。きっと食われないと知ったからだろう。

 セーンはつくづく思った。『ヤモちゃんは尊い。産んだヤーモちゃんとは袂を分けたな』

 ヤモちゃん曰く、『ヤーモは俺がもしもの時は、一家をまとめる役になるからな』


 セーンは後々この頃の事を振りかえり、チーラに無理やり連れて来られたから逃げたかったのであり(結局逃げないでいたのだが)セピアの通りでチーラを見かけていたら、声をかけていた気がする。


 それからしばらくして、後継ぎのミーラの元に婿養子に来たのはリーだった。北と南のニール国はセピア公国のように議会制になり普通のニール国となった。セピア公国は王は内乱で存在してはいなくて貴族が君主だが、ニールには「魔の空洞」の被害で貴族はほとんどいなくなってしまっていたし、一般市民も四方の国境近くに居て、かろうじて被害を免れていた人だ。国としての体面が保てているのは、獣人国の後ろ盾があっての事と言えるのかもしれない。

 そして、壁の上一家は、実のところは古い家の壁が好みなのだが、贅沢も言えず、新築だがニキの家の壁に張り付いて過ごしていた。ヤモちゃんによると、彼らはセーンだけは危険な時は助けに行くけど、他人は戦争とかが始まってどんなにピンチでも気にならないから、助けに行かないと言っているそうだ。ヤモちゃん不在の悠々自適な一家となっている。

 それにしても壁の上一家の彼らは、そういったセーンがピンチの場面、有ると未来の予想をしているのだろうか。



 そして、セーンは現在、ひどくピンチになるときがあると思っているが、助けは来ない。というか、側にいるヤモちゃんも助けない。

 と言うのも、誰もセーンがピンチとは思っていないのだ。

 しばらく時が過ぎた為か、セーンとチーラの間に双子の男の子が生まれた。そいつらは、最初に会った場面、赤ちゃんの時のチーラとミーラの騒動とを、比べるのもばかばかしいような、毎日、毎度の騒動ぶりだった。

 セーンは毎日彼ら双子にそれぞれ、一度と言わず2、3度ぶつかられて、倒れている。時々一日1回ずつに決めてそれ以上の場合、制裁を加えようかと思ったが、まだ数というものを理解していないようだ。

 やや大きくなってくると、双子は腕をやたら振り回して暴れだし、セーンは何度も打ちのめされて倒れた。

 それを見ていたチーラはたまらず教育係を雇い、セーンとは引き離された。

 双子はセーンとチーラを恨めしそうに見ながら、教育係に連れられて新しく突貫で作った別棟に移り住んだのだった。

「お前らが悪いんだからな。パパは何度も『やめろ』とか『暴れるな』とか言ったんだからな」

「セーン様、言っても無駄ですわ。まだ私達の話している事は、理解出来ていませんわ。それにニール語ですし」

 セーンはぎょっとして、

「あいつらには、生まれてからずっと話しかけているのに、そんなに馬鹿なのか」

 と聞いてみる。

「獣人の子供っていうのは、そういうものですわ」

 とチーラは答えるのだった。


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