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#不思議系小説 の時間です。  作者: 佐野和哉


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6/6

For You, Someone Like Me

コンクリートの干潟みたいな街に空いた横穴の数だけ蠢く顔と体と目玉と唇。

浴びた言葉を言葉を言葉を辿って探ってみても夢の生まれる海の底に沈んでゆくだけ。きめ細かくて、やわらかくて、何処までも何処までも何処までも沈み込んで心地よい。


銀の球体建造物が鎮座まします夕暮れの公園、こだまする子供たちの声と声と声を縫うように夜を探して歩く。路面電車は街と家の境目の路地を滑走路にして夕暮れの空へ帰ってゆく。基幹バスは死神の群れを携えて夕闇の陰から辿り着く。


分厚く白い雲が低い空を風に吹かれて転がって、冬の乾いた朝に眩い光が降り注いで、雲の隙間から真っすぐ伸びて。遠く海まで伸びる坂道が電信柱も木立も振り切って伸びて、空と地面の境目を曖昧にして、海と世界の境目を曖昧にして、波が雲が風が空へ帰ってゆくのを見送って。


丘の上から見渡す限りの廃工場。

冷たい海風が吹き抜ける薄青色の空の下でうずくまるように立ち並ぶ低い低い屋根の群れ。それらを跨いで貫き蛇行する太く汚れた大小長短さまざまな配管たち。

行き交う人々を失い、打ち捨てられた暮らしの過去。時間が運び去った声、呼吸、記憶。

生活の糧を生み出し、生活のために作り、運び、そのための資材や機械を買い集め売り渡し、そしてまた作って運んで。

すべてを止めた伽藍洞のなかで待ち続けている。次に燃え上がる生活の火を。それがまた低い低い屋根の群れへと広がってゆく日を。

そんな日は二度と訪れないと知りながら、通り一遍の挨拶さえ残さずに消えていった人々が通り過ぎて行った、忘れられた田舎道。丘の上からも、屋根の群れからも、死角になった枯草の道。狭間に残った最後の道。

背の高い黄土色と焦げ茶色の草いきれが冷たい海風に揺れている。午後4時の濃橙色の日差しが目の奥に焼き付いた記憶を透かしてVTRが回る。薄れてゆく意識の中で。


突然、全てが怖くなることはありませんか。

ガスコンロに火をつけることも、時計の針が進むことも、風が吹き雲が流れてゆくことも、車を運転することも、郵便物が必ず届けてもらえることも、雨が集まって排水溝の向こうで川になって海へ帰ることも、夜眠ると朝に目が覚めることも、文字を認識することも。誰かに話しかけることも。それに返事が来ることも。

端末のアプリケーションを開けば誰にでも話しかけられるのに、結局ずっと孤独なままなのに、誰かと繋がっている気がしてられたらそれでいい、心など要らないし体にはさわれない、真顔で打ち続ける感嘆符まみれの返信とお礼だけが喜びや悲しみを代弁して質量のない雪みたいに降り積もる。大げさで感動的で礼儀正しいメッセージは全て本音でもなければ嘘でもない、本人の性格の優しいところがそれを打たせているだけだ。


お気に入りの曲どれひとつ貴女の声にかなわず遠ざかる。


自分で自分をちっとも好きじゃないから、誰かを好きで居たいのかもしれない。自分に向けられる自分からの愛も他人に向けてしまうほど好きになれた人がいるのは幸せか、それとも不幸せか。自分だけが好きでも寂しいし、自分で自分を愛せないのも寂しい気がする。

助けてくれ。誰か。死なせてくれ。今夜。

朝の優しい眼差しから逃れることが出来ないまま眠りにつくことが、どれほど恐ろしいか。開けない夜などない、なんてしたり顔で言ってられるうちが華だったと地獄の泥沼で思い知れ。

どうせみんな何処かの誰かとコロッと寝てフワッと幸せになりゃがるんだ。いつもそうだ。自分だけが生臭い沼の底で水浸しの暮らしを続けて、たまに上がってきても鼻をつまんだ優しい人に付き合わせているだけ。どいつもこいつも好きな人ほど順番に殺してやりたい。最後に残るのは自分だから。


心にずっと暗黒の鈍い砂嵐が吹いていて、ときどき止む。

重金属油脂の溶け込んだ海が波打っている。低く濃い灰色の空に海鳥の一羽も見当たらない。白い光を求めて水面に顔を出しても、冷たい風が吹きすさぶ一面の鈍色の海の果ての果て。ぎらりと乱反射する灰色のサンロード。ざらりとした粒子がうねり、沈み、浮き上がって交じり合うマテリアル、それがこの海のレゾンデートル。


ひどい霧の朝に車を走らせる。港にかかる長い長い橋の先の先まですっぽりと包まれている。等間隔に並ぶ街灯が白い漏斗をかぶせている。静かなモノトーンの景色を多分いま僕は南へ向かってる。ヘッドライトだけが前を向いてる。僕は今まだ思い出してる。ずっと前のことを。ちょっと前のことを。ついこの間のことを。

昨日の夜のことを。


こんな僕のことを受け入れてくれたり、受け止めてくれたり、甘えさせてくれたり、してたわけでは決してない。そんなわけはどこにもない。

霧に溶けた低い屋根を縫うように走る湾岸道路のベイブリッジが終わる。冷たい海に立ちすくむ橋脚が震えることも出来ずに凍り付く。

愛すれば愛するほど遠ざかる、好きになればなるほど避けられる、やり場のない愛情が姿なき雪だるまになって膨れ上がる、そして僕は潰れてく。

答えなんかずっと同じで、年々それが裏付けられてく。日に日に満たされてゆく金魚鉢のなかで溺れて腐った出目金が笑う。夏が過ぎてゆく。幾度も繰り返す残悔の光が愛のない窓の数だけ銀色に乱反射。螺旋を描く陽射し。ゆがんだ響き。全部止まる。時間が止まる。夏が終わる。長い長い夏の終わり。

白い霧が晴れたら、ぺちゃんこになった僕がうつ伏せで死んでるよ。


僕とよく似た人へ。

僕が愛した人たちへ。

潰れた僕の背中で踊る人たちへ。


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