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夕暮れが少し早くなってきた。夏が終わり始めている。処暑を過ぎたから。
夕立は結局、来なかった。降水確率90%で時間あたりの雨量14ミリの予報も虚しく、蒸し暑い曇天を切り裂いた青空はオレンジの光に染まっていた。
ドラッグストアの不粋で無遠慮な四角い看板越しに見上げた空にジェット機が音だけ置いて飛び去った。雷鳴だけが負け惜しみするように遠くで雲の中を転がってゆく。
混み合う前に駐車場を出よう。そう思っていたはずなのに、エンジンを掛けてアプリケーションを起動して、手元の端末から目が離せなくなっていた。
もう何も考えたくない。流れてゆく景色のなかを歩いている人々、その全てに脳が心が精神が魂があるなんて思いたくもない。目で見たものが感情に直結する、1メートル数十センチもある巨大で厄介なバケモンが布切れをまとって街を作り歩き回り、自動車や自転車や三輪車で老若男女もれなくウロウロしているなんて気持ちが悪い。
夕立よ、来い。土砂降りに、なれ。
窓も目玉もライトも何も見えなくなるくらいの、真っ黒な雲が悪意を込めて送り出す灰色の雨が降ればいい。
そうやってまたひとつ、忘れられない夏をあきらめて、何もしなかった自分から目を逸らす。雨のせいにして。陽射しや熱い風のせいにして。
去年の今頃は、と、毎年思ってる。さみしい思い出ばかりが折り重なって波を打つ。
なにか適当に食べて済ませようと思っても、なにもかも高くなっていて適当に食べるには手が伸びない。安売りドラッグストアの惣菜はニンゲンを辞めたくなる味がするし、ファストフードは割に合わない。食べに行こうと思った店に限って臨時休業か定休日か、値段に見合わないランチを始めている。こうやって自分の中に積み上げてきた文化と心の財産が目減りして死んでゆくのか。
自分の値段だけが、どんどん見積もりを下げてゆく。自分の価値だけが、どんどん下がって底を打つ。するとまた一つ憂鬱の種が芽を出して、底値の地べたを割って根を張り花が咲く。血よりも赤く顔色より青い、誰も見たことのない醜悪な花。異臭を放つ宝石。
原因のわかりきった憂鬱と、対処が間に合わない自分は地獄に針山といった塩梅で相性がいい。
見たこともない、行ったこともない、聞いたこともない街の角に何処にでもあるドラッグストアが軒を連ねて煌々と照る。ぬるい水を空腹に流し込むように不快感が胃袋に溜まって、穴も開けられず搾り取られるのを待ってる。不意に誰か気まぐれにすくい上げてくれないか、そんなことを思っている。棚を彩る宣材、そこに並ぶ洗剤、何も満たせない栄養剤、スキャン逃れは犯罪、のポスターと監視カメラのイラスト。
やたらと声だけデカいセルフレジ、棒立ちの店員が名札の裏のバーコードを読み取って寄越した咳止めを駐車場で飲み干す昼下がり。スキャン逃れなどという新しい犯罪用語が、セルフレジが生まれるや否や出来上がっている客層の悪さと、その店でノソノソと買い物をする自分の丸まった背中が全部まとめて嫌になる。
何処へ行こうか。何処でもいいか。何をしようか、何でもいいか。どうしようかな、どうにかなるか。どうにもならなきゃ、どうにかなろうか。どうするアテもないまま走る、深まる夕闇と街灯の列を苛立たしげに見上げるヘッドライトの列に紛れてアクセルを踏む。
赤信号の交差点で待つ。そろそろ青信号、かな、という頃合いで、ゆっくりブレーキから足を離し、そろそろとタイヤが転がるのを想像している時間がいちばん楽しいのかも知れない。本当にブレーキから足を離し、アクセルを踏み込んだらまた走るしか無い。
何のアテもどうするつもりもない、渋滞と苛立ちばかりで空っぽの県道を。




