第2話 国境の街と、初めての異文化
私たちの旅は、順調に進んだ。
道中、時折、魔物に遭遇することもあるけれど、その度にエレノア様が魔法で一瞬のうちに塵へと変えてしまう。
クラウスさんの出番は、ほとんどなかった。
彼は少し手持ち無沙汰のようだったけれど、その分、馬車の警護や野営の準備に、その真面目な性格を発揮してくれた。
旅を始めて一週間が経った頃。
私たちは、アステリア王国とサハディール国の国境に位置する、交易都市「アルナイル」に到着した。
馬車の窓から見えてきたその光景に、私は思わず声を上げた。
「わあ……!」
私が知っている、アステリア王国のどの街とも違う。
建物は日差しを避けるためか、白い漆喰で塗られており、屋根は平らなものが多かった。
行き交う人々の服装も様々だ。
アステリア風の麻の服を着た人もいれば、色鮮やかな薄手の布を体に巻き付けた、サハディール国の人々もいる。
そして何よりも、街全体が活気に満ち溢れていた。
道の両脇には露店がずらりと並び、威勢のいい呼び込みの声が飛び交っている。
見たこともない果物。
鼻をくすぐる、未知のスパイスの香り。
きらびやかな金銀の装飾品。
全てが新鮮で、私の心を躍らせた。
「ほう。なかなか賑やかな街だな。よし、リリアちゃん、少し見て回るぞ!」
エレノア様はすっかりお祭り気分だ。
私たちも彼女に引っ張られるように馬車を降り、市場の喧騒の中へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
市場を歩いているだけで、新しい発見の連続だった。
「お嬢さん、これ食べていきな。デーツだよ。砂漠の恵みさ」
露店の陽気な店主が、私に黒くて干し柿のような果物を差し出してくれた。
私は、おそるおそる、それを口に運ぶ。
濃厚で黒糖のような深い甘みが、口いっぱいに広がった。
「……美味しい!」
「だろ? 旅の疲れも吹き飛ぶぜ」
デーツ。初めて食べる果物。
この栄養価の高そうな甘さは、あるいは熱病の治療にも使えるかもしれない。
私は忘れないように、その名前と味を心に刻み付けた。
フィオナさんは、動物の市場に興味津々のようだった。
そこでは馬や牛だけでなく、大きなラクダが取引されている。
「まあ、穏やかで賢そうな瞳をしていますね。一度、お話してみたいです」
彼女はラクダの長いまつ毛をうっとりと眺めていた。
クラウスさんは私たちの護衛として、常に周囲への警戒を怠らない。
だがその彼の視線も、時折、露店に並ぶ湾曲した見慣れない剣や、美しい革製品に釘付けになっているのがわかった。
彼もまた、この異文化の空気 を楽しんでいるのだろう。
私たちはその日の宿を決めると、街一番の食堂へと足を運んだ。
出てきたのは羊の肉と豆をスパイスで煮込んだ、アステリアでは決して味わえない料理。
少しぴりりとするが、食欲をそそるその味に私たちは夢中になった。
「うめえな、これ! ビールが進むぜ!」
エレノア様はエールを豪快に呷っている。
私も異国の味を堪能しながら、考えていた。
これから向かうサハディール国。
そこはきっと、もっと私たちの知らないことで満ち溢れているに違いない。
熱病の治療は、もちろん、一番の目的だ。
だが同時に、この旅でたくさんのことを見て、聞いて、そして味わいたい。
それがきっと、私のお菓子をもっと豊かにしてくれるはずだから。
初めて触れる異文化。
それは私の好奇心をどこまでも刺激する、魅惑的なスパイスのようだった。
旅の疲れも忘れ、私の心は、このアルナイルの街の活気のように明るく燃えていた。




