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追放された聖女は、森の奥で歴代最強の先代聖女たちに溺愛される ~お菓子作りしてたら王国が勝手に滅びかけてるけど、もう知りません~  作者: 長尾隆生@放逐貴族・ひとりぼっち等7月発売!!
聖女たちの越冬と、王国の新しい風

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第20話 旅立ち ~第一部 最終話~

 私がサハディール国へ行くと決めてから、サンクチュアリはにわかに旅立ちの準備で活気づいた。

 それは私の初めての長い旅。そしてこの楽園が初めて世界と公式に繋がる大きな一歩でもあった。


 まず名乗りを上げたのはもちろんエレノア様だった。

 彼女は私の肩を力強く叩く。


「当たり前だろ。大事な三代目ちゃんを一人で行かせられるか。あたしが最強の護衛としてついてってやるから安心しな」


 その笑顔は太陽のように明るく、私の不安を吹き飛ばしてくれた。


「まあエレノア。あなたはただ物見遊山がしたいだけでしょう」


 フィオナさんがくすくすと笑いながら隣に立つ。


「もちろん私も行きますよ。南の国の聖獣たちの声も聞いてみたいですから」


 情報収集と交渉役。彼女の優しい知恵はどんな場所でも私たちの道を照らしてくれるに違いない。

 そしてクラウスさん。

 彼は私が何かを言う前に私の前に進み出て、深く頭を下げた。


「リリア様。このクラウス、あなたの剣として盾としてそして荷物持ちとして、この度の旅、お供させていただけますでしょうか」


 彼のその真っ直ぐな瞳にはもう以前のような迷いはない。

 私はこくりと力強く頷いた。


「はい。お願いしますね、クラウスさん」


 こうして私たちの旅の仲間が決まった。

 聖女二人と元騎士一人。

 なんとも不思議で、そしてこれ以上なく頼もしいパーティだ。


 ◇     ◇     ◇


 旅立ちまでの数週間はあっという間に過ぎていった。

 クラウスさんを通じてエリオット陛下との連携も万全だ。

 私たちの身分を保証する親書も届き、旅の準備は最終段階を迎えていた。


 旅立ちの前夜。

 サンクチュアリが静かな月の光に包まれる中、私は一人キッチンに立っていた。

 今夜作るのはこの旅のためのお守りとなる特別なクッキー。

 私はまず窓を大きく開け放った。

 ひんやりとした夜の空気が、聖獣たちの穏やかな寝息と花の蜜の甘い香りを部屋の中へと運んでくる。


「……お願いします」


 私は小さな声でそう呟いた。

 ボウルの中にサンクチュアリで採れた一番良い小麦粉を入れる。

 そこにフィオナさんが「旅の安全を祈って」と聖獣たちから集めてくれた朝露を数滴垂らした。

 さらにエレノア様が「力が出るぞ」と魔法で太陽の光を凝縮させて作った光の粒をほんの少しだけ加える。


 この楽園の全ての恵み。

 土と水と光。そして皆の温かい想い。

 それらを私は丁寧に丁寧に生地に練り込んでいく。

 私の【祝福製菓ブレッシング・パティスリー】の力を最大限に込めて。

 このクッキーが仲間たちを、そして私たちが出会う誰かを守ってくれますようにと。


 ふと窓の外に目をやった。

 満月が煌々と輝いている。

 王宮にいた頃はあの月を見上げても、ただ自分の無力さと孤独を感じるだけだった。

 追放されたあの夜は絶望の象徴にしか見えなかった。

 それが今ではどうだろう。

 あの月はこの愛しい故郷を優しく照らす道標のように見える。


 不思議なものだ。

 私の人生はあの日全てを失って森に捨てられた時から、本当に始まったのだ。

 エレノア様とフィオナさんに出会って。

 クラウスさんとぶつかり合って。

 そしてたくさんの聖獣たちに囲まれて。

 私はもう一人ではない。


 焼きあがったクッキーはまるで月の光を閉じ込めたかのように、淡く黄金色に輝いていた。

 私はその一枚をそっと口に運ぶ。

 優しい甘さと懐かしいサンクチュアリの味が口いっぱいに広がった。

 うん。これなら大丈夫。

 この味さえあれば、私たちはどこへ行っても繋がっていられる。


 私は出来上がったクッキーを仲間たちのために一つずつ丁寧に袋に詰めていった。

 明日から始まる新しい冒険。その成功を心に祈りながら。


 ◇     ◇     ◇


 そして出発の日の朝。

 サンクチュアリの丘の上には皆が集まっていた。

 エレノア様が魔法で作った頑丈な馬車が朝日に輝いている。

 聖獣たちや里の皆が私たちの旅立ちを見送りに来てくれたのだ。


 聖狼フェンリルが私の足元にそっと鼻を擦りつけてきた。


「大丈夫よフェンリル。必ず帰ってくるから」


 私がその頭を撫でると彼は名残惜しそうに一声鳴いた。

 私は胸がいっぱいになった。

 こんなにもたくさんの家族に見送られるなんて。

 私はもう一人ではないのだ。


 私は仲間たちの顔を見回した。

 自信満々のエレノア様。

 穏やかに微笑むフィオナさん。

 そして決意に満ちた表情のクラウスさん。

 この仲間たちとならどんな困難も乗り越えられる。そう確信できた。


 私は皆に向かって明るい声を上げた。


「さあ、行きましょうか」


 私は振り返り愛しい我が家に向かって手を振る。


「私たちの初めてのお菓子作りの旅へ!」


 私のその掛け声を合図に馬車はゆっくりと動き出した。

 サンクチュアリから外の広い世界へ。

 私の物語がまた新しいページを開いた瞬間だった。

 その先にある出会いや困難をまだ私は知らない。

 だが胸にあるのは不安ではなく、未知なるレシピへの期待と大切な仲間への信頼だけ。

 私たちの旅はきっと素晴らしいものになるだろう。

 そんな確かな予感を胸に抱きながら、私はどこまでも続く地平線の彼方を見つめていた。


 ~第一部 完~

◆お礼と今後について◆


これにて第一部 王国と聖域篇(?)は完結となります。

きりがいいところで★★★★評価などを入れていただけますと嬉しいです。


それでは次回から始まる第二部「砂漠の国」篇も応援よろしくお願いします。


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