第16話 影の守護者、後始末(ヴォルフ視点)
アステリア王国の王都は新しい王の誕生に浮足立っていた。
だが俺たちのような裏社会の人間にとって、そういう時代の変わり目は飯の種が転がっている時期でもある。そして同時に面倒ごとの匂いがする時期だった。
「――団長。例の暗殺者どもですが、尻尾を掴みました」
アジトに戻った俺に副長のハンスが報告してきた。
「ほう。どこにいやがった」
「ホルスト大公の失脚で仕事を失った元私兵たちの成れの果てだそうです。今夜、王都の西にある寂れた倉庫で落ち合うと」
なるほどな。
話は見えてきた。
俺たちが森で叩き潰したのはあくまで金で雇われた鉄砲玉。その元締めがまだ王都に残っていたというわけか。
放っておいてもいずれ自滅するだろう。
だが。
(……聖女様に弓を引こうとした外道どもだ)
その落とし前はきっちりつけさせてもらう必要がある。
それがこの世界の流儀。そして俺の流儀だった。
――まぁ、俺様も人のことをとやかく言えたモンでもないがな。
俺はそう自重しつつ、ハンスに向かって指示を出す。
「ハンス。全員に伝えろ。今夜は大掃除だと」
◇ ◇ ◇
その夜。
月明かりさえ届かない古い倉庫。
ホルスト大公の残党たちが十数名、次の悪だくみを相談していた。
そこへ俺たち【鉄の爪】が正面から乗り込んだ。
「よう。楽しそうな密談だな」
俺のその一言で奴らの顔色が変わった。
「て、てめえらは……【鉄の爪】! なぜここに!」
「ハエの匂いを嗅ぎつけてな。少し掃除しに来ただけだ」
あとはもう一方的な展開だった。
烏合の衆が百戦錬磨の俺たちに敵うはずがない。
俺はリーダー格の男を壁に叩きつける。
「いいかよく聞け。お前らが手を出そうとしたお方々はな、俺たちの命の恩人だ」
俺は男の耳元で静かに囁いた。
「次にサンクチュアリの方向に足を向けて寝てみろ。その時はお前らの親兄弟、親戚一同、根絶やしにしてやる。……わかったな?」
男は腰を抜かし、ただこくこくと頷くことしかできなかった。
よし、と。
これで聖女様にちょっかいを出す馬鹿はいなくなるだろう。
俺はアジトへ戻る道すがら夜空を見上げた。
ふと思い出すのはあのシチューの味。そしてあの聖女様の穏やかな笑顔。
へっと俺の口から笑いが漏れた。
柄にもないことをしている。
だが悪くない。
金のためでも名誉のためでもない。ただ受けた恩を返すためだけに剣を振るう。
そんな馬鹿げた傭兵団が一つくらいあってもいいだろう。
聖女様よ。
あんたは何も知らずに明日も美味い菓子でも焼いてな。
あんたのお茶会の時間を邪魔するハエどもは、俺たちがきっちり叩き潰しておいてやるからよ。
俺は誰にともなくそう呟くと、夜の闇へと消えていった。




