第14話 エリオットの願い
会談は和やかな雰囲気のまま終わりを告げようとしていた。
エリオット陛下は私が淹れたハーブティーを静かに味わっている。
その表情は国王としてではなく、一人の青年のように穏やかだった。
「……本当に素晴らしい場所だ。できることなら私もここに住み込み、書庫の番人でもしていたいくらいだ」
彼の心からの言葉に私たちは思わず笑みをこぼした。
「いつでも歓迎しますよ陛下。その時は毎日焼き立てのお菓子をご用意します」
私がそう冗談めかして言うと、彼は本当に嬉しそうな顔をした。
やがて彼はすっと居住まいを正す。
そして私をまっすぐに見つめた。
その瞳には真摯な光が宿っていた。
「リリア様。最後に国王としてではなくエリオット個人として一つお願いがある」
「……なんでしょうか」
彼の改まった態度に部屋の空気が少しだけ引き締まる。
一体何をお願いするのだろうか。
「どうか時々で結構ですので、私に国を治めるための知恵を貸していただけませんか」
そのお願いは私たちの予想を超えるものだった。
エレノア様が少し眉をひそめる。
「……知恵だと? リリアちゃんは政治のことなど何も知らんぞ」
「ええ。存じております」
エリオット陛下は静かに頷いた。
「私がお借りしたいのは政治の駆け引きの知識ではないのです。リリア様のその曇りのない目で世界を見てほしいのです」
彼は言葉を続けた。
「私はずっと書庫に閉じこもっていた。本の中の知識はあっても、生きた世界を知らない。だがあなたは違う。あなたはその手で土に触れ種を蒔き、人を癒やす温かいパンを焼くことができる」
彼はクラウスさんの方をちらりと見た。
「そしてあなたにはあなたを心から慕う仲間がいる。……今の私にはないものばかりだ。だから教えてほしい。あなたがその目で見て感じる世界のありのままの姿を。民が本当に何を求めているのかを」
それは彼女を便利な【聖女】として利用しようとする言葉ではなかった。
ただ一人の賢明で信頼できる友人として、彼女の力を借りたいという心からの願い。
その誠実な響きは私たちの胸を打った。
私はしばらく黙って彼の言葉を聞いていた。
やがてふわりと花の綻ぶような笑みを浮かべる。
それは私が見た中で一番自然な笑顔だったかもしれない。
「……わかりました。私でお役に立てることがあるのなら、喜んでご協力させていただきます」
私はその申し出を快く受け入れた。
「ですが知恵というよりは、お菓子に込めたお節介くらいに思っていてくださいね」
「ああ。それで十分すぎるほどだ」
こうして二人の間に新しい約束が交わされた。
国王と元聖女。
だがその関係は支配でも従属でもない。
国と里の未来を共に考える対等な友人としての絆。
その誕生の瞬間に立ち会えたことを、皆が誇りに思っているのが伝わってきた。
クラウスさんの真剣な眼差しがそれを物語っている。
サンクチュアリに本当に新しい風が吹こうとしていた。




