第12話 聖域の守護者たち(クラウス・リリア視点)
サンクチュアリまであと半日の距離にまで迫っていた。
私たちエリオット国王陛下の一行は、険しい渓谷の一本道を進む。
私は国王陛下の乗る馬車のすぐそばで、片時も警戒を緩めなかった。
あの匿名の警告状。
いつの襲撃があるかもしれない。私の背中には冷たい汗が流れていた。
「クラウス。少し硬すぎるぞ。リラックスしろ」
馬車の中からエリオット陛下が穏やかな声で私に語り掛ける。
「ですが、陛下……」
「わかっている。……だが今回は我々だけではないのだろう?」
陛下の視線の先には、私たちの行列の前後を固める巨大な影があった。
それはエレノア様が直々に護衛として貸してくださった、岩のゴーレム聖獣たち。その威圧感は並大抵のものではない。
そして私のすぐ後ろにはエレノア様ご本人が馬を並べていた。
「そうだぜ小僧。あんまり気負うな。いざとなればあたしが一秒で片付けてやる」
彼女は不敵な笑みを浮かべている。
その頼もしい言葉に私の緊張もほんの少しだけ和らいだ。
その時だった。
渓谷の切り立った崖の上から数条の黒い影が飛来した。
魔法の矢だ。
その全てが国王陛下の馬車へと吸い込まれるように向かってくる。
「――来たか!」
私が剣を抜くよりも早く、エレノア様が一言短く呟いた。
「邪魔だ」
次の瞬間、馬車の上空に何もない空間から巨大な岩の盾が瞬時に出現する。
魔法の矢はその盾にことごとく弾かれ、カンカンと軽い音を立てただけだった。
「さて、と。掃除の時間だ。行け、お前たち」
エレノア様の号令一下、ゴーレムたちが崖の上へと凄まじい勢いで駆け上がっていく。
崖の上から暗殺者たちの短い悲鳴と、岩の砕ける音が聞こえてきた。
大半はこれで片付いただろう。
だが。
一人の特に素早い暗殺者がゴーレムたちの守りをすり抜け、馬車へと迫ってきた。その手には毒が塗られた短剣がきらりと光る。
エレノア様は他の敵の対処にかかっている。
間に合わない。
そう誰もが思ったその瞬間、私は動いていた。
今までずっと国王の側に控え守りを固めていた私の体が、弾かれたように前に出る。
もう以前のような迷いはない。
守るべき主君。そしてその先にいる彼女の穏やかな日常。
それを脅かす者は誰であろうと斬る。
私の剣は鋭く的確に暗殺者の急所を捉えた。
一閃。
暗殺者は声もなくその場に崩れ落ちる。
「……陛下。ご無事ですか?」
私は剣を鞘に納めながら静かにそう告げたのだった。
◇ ◇ ◇
その頃サンクチュアリでは。
私はパウンドケーキの焼き上がりをオーブンの前で待っていた。
だがなぜだろう。ふと胸騒ぎがして窓の外を見てしまう。
(……クラウスさん、皆さん、どうかご無事で)
私には何もできない。ただ祈ることしか。
私は出来上がったばかりのパウンドケーキにそっと手をかざした。
そして皆の無事を願う特別な【祝福】をそのお菓子に込める。
どうか私の想いが届きますように。
温かい光がケーキを、一瞬だけ包み込んだ。
それは誰にも気づかれることのない、私だけの小さな戦いだった。




