第11話 鉄の爪、ハエを叩く(ヴォルフ視点)
サンクチュアリへと続く深い森の中。
俺たち【鉄の爪】は木の枝から枝へ、音もなく移動していた。
眼下には息を潜める数十の人影。
どいつもこいつも血の匂いが染み付いた、ろくでもない連中だ。
ホルスト大公の残党が金で雇った暗殺者集団。
奴らは間もなくここを通過する新国王の行列を待ち伏せしている。
「……団長。全員、配置につきました」
副長のハンスが小声で報告する。
「よし。……それにしても芸がねえな、こいつら。見え見えの待ち伏せだ」
俺は呆れてため息をついた。
こんな素人同然の連中に、あの聖女様が脅かされるなど考えるだけで虫唾が走る。
「さて、と。掃除の時間だ」
俺は音もなく木から地面へと舞い降りた。
そしてわざと落ち葉を踏みしめながら、奴らのど真ん中へと歩いていく。
「よう、お前ら楽しそうだな。仕事の前に、ちょいと俺様と遊ばねぇか?」
俺の突然の登場に暗殺者たちが一斉に武器を構えた。
「……てめえ、何者だ」
リーダー格の男が殺気を込めて睨んでくる。
「悪いがこの道は通行止めだ。さっさと寝ぐらに帰りな」
「ふざけやがって……! やっちまえ!」
リーダーの号令一下、暗殺者たちが俺に襲いかかってくる。
愚かな選択だ。
次の瞬間、彼らの背後、左右、そして頭上の木々から俺の部下たちが一斉に姿を現した。
「なっ……!?」
「い、いつの間に包囲されて……!?」
驚愕と絶望。
だがもう遅い。
戦いと呼ぶほどの時間もかからなかった。
それは一方的な蹂躙。
俺たち【鉄の爪】の屈強な傭兵たちの前に、暗殺者たちは赤子の手をひねられるように次々と無力化されていく。
森に響き渡るのは鈍い打撃音と短い悲鳴だけだ。
◇ ◇ ◇
あっという間にリーダー格の男だけが残された。
俺はその男の胸ぐらを掴み上げる。
「さて、と。少しお話の時間だ。……お前らの本当の狙いは何だ?」
「……知るか! 俺たちは国王を暗殺しろと言われただけだ!」
「嘘をつけ」
俺は尋問のために彼の腕を軽く捻り上げた。
ぎゃっと情けない悲鳴が上がる。
「……わかった、わかった! 話す、話すから!」
観念したリーダーが全てを白状した。
奴らのこの部隊は陽動。
本命は腕利きの数名で構成された別の精鋭部隊。
そいつらが別のルートで直接、国王の首を狙っていると。
「……ちっ。回りくどい真似をしやがる」
俺は心の中で舌打ちした。
陽動部隊を叩いている間に本命はすでに行列に近づいているだろう。
今からこちらが駆けつけても間に合うかどうか。
まあいい。
俺はあの騎士様にちゃんと警告は送っておいたのだ。
あの聖女様の側にいる男だ。きっと無様な真似はしないだろう。
あとは信じるしかない。
「仕事は終わりだ。こいつらを縛り上げて適当な場所に転がしておけ。殺すなよ。後始末が面倒だ」
俺は部下たちにそう命じた。
そしてサンクチュアリの方向をちらりと見やる。
「へっ。聖女様よ。あんたのお茶会の邪魔をするハエは半分叩いといたぜ」
俺は誰にともなくそう呟くと森の影の中へと消えていった。
残りのハエ叩きはあの騎士様に任せた。
せいぜい腕の見せどころというやつだ。




