第8話 会談の準備
私たちがエリオット新国王との会談を受け入れると決めた、次の日。
サンクチュアリはにわかに活気づいていた。
この楽園が初めて公式な外交の舞台となるのだ。
皆、どこかそわそわとして落ち着かない様子だった。
クラウスさんは国王陛下からの正式な返答を受け取ると、すぐに行動を開始した。
彼はもはやただの雑用係ではない。
サンクチュアリと王国を繋ぐ唯一の外交官であり、そして私たちの信頼できる仲間だった。
「リリア様。会談の日取りは雪解けが完全に進んだひと月後となりました」
彼は私にそう報告すると、すぐに警備計画の立案に取り掛かる。
「エレノア様。国王陛下の護衛は最小限と伺っておりますが、念のためサンクチュアリ周辺の警戒レベルを上げるべきかと」
「わかってるよ。あたしの結界を破れるやつはいやしねえが、万が一ってこともあるからな」
エレノア様と対等に渡り合う彼の姿は、もうすっかり頼もしかった。
フィオナさんは聖獣たちと協力して、サンクチュアリの美化作業を始めていた。
「お客様をお迎えするのですから。一番美しいサンクチュアリを見ていただかないと」
彼女の号令一下、聖獣たちが枯れ葉を片付け、花の手入れをしていく。
その見事な連携作業は見ていて飽きることがない。
◇ ◇ ◇
そして私の役目はもちろん、一つだけ。
客人をもてなす最高のお菓子を用意することだ。
(エリオット様はどんなお菓子がお好きかしら……)
私はキッチンで腕を組み、うーん、と頭を悩ませていた。
書庫でお会いした時の彼は、いつも静かで穏やかだった。
派手な甘さよりも素材の味を活かした、素朴で優しい味がきっとお好みに違いない。
それに彼はまだ病弱なお体が完治したわけではないはずだ。
身体に優しく、そして滋養のある材料を使いたい。
よし、決めた。
春の恵みをふんだんに使ったハーブと果物のパウンドケーキにしよう。
温室で育てた心を落ち着かせるカモミール。
滋養強壮の効果があるという森の蜂蜜。
そして甘酸っぱい春いちごをジャムにして、生地に練り込むのだ。
私の【祝福製菓】の力を最大限に込めて。
国王としての重責を背負う彼の心と体を、少しでも癒やすことができるように。
私の感謝と謝罪の気持ちが伝わるように。
私はエプロンをきゅっと締め直した。
外交とか政治とか、難しいことは分からない。
でも私には私のやり方がある。
お菓子に心を込める。
それこそが私の最高のおもてなしなのだから。
サンクチュアリは来るべき歴史的な一日に向けて、ゆっくりと、そして確かに動き始めていた。
春の柔らかな日差しが私たちの忙しない背中を、優しく見守っている。
きっと素晴らしい会談になる。
私にはそんな確かな予感がしていた。




