第7話 新国王、エリオット
「――新たに国王として即位されたのは、第二王子エリオット様。……リリア様の追放に唯一反対し、アルフォンス王子によって離宮に軟禁されていた、あの方です」
クラウスさんのその報告は、静かな衝撃となってコテージの空気を震わせた。
エリオット様。
私の脳裏に王城の古い書庫の、インクと古紙の匂いが鮮やかに蘇る。
病弱でいつも書庫に閉じこもっていた影の薄い王子。
彼が私の味方だった。
そして今、新しい王に。
私はその事実に驚きながらも、どこか胸のつかえが取れるような不思議な気持ちになっていた。
あの穏やかで優しい人が無事でいてくれたのだ。
「……ほう。兄貴に意見して軟禁された王子がか」
沈黙を破ったのはエレノア様だった。
彼女は腕を組み、面白そうに口の端を吊り上げている。
「その話が本当なら、兄のアルフォンスとかいう馬鹿よりはよっぽど骨がありそうじゃないか」
「ええ。リリアを正しく評価されていた、ということですよね」
フィオナさんが静かに続けた。
「きっと聡明で、そして思慮深い方に違いありません」
二人の最強の聖女がその「人物像」を評価している。
だが問題はそこではなかった。
「それで、そのエリオットとかいう新しい王様が、あたしたちに会いたい、と。……何の用だ?」
エレノア様の目が鋭くなる。
王国とサンクチュアリ。
私たちはこれからどう向き合っていくべきなのか。
◇ ◇ ◇
その日の午後。
私とエレノア様、フィオナさんの三人は改めてテーブルを囲んでいた。
サンクチュアリの今後を決めるための、初めての公式な会議だ。
「あたしは反対だ」
口火を切ったのはやはりエレノア様だった。
「今さら関わる必要などない。王が誰に代わろうと王国は王国だ」
「ですがエレノア。新しい王は話のわかる方のようです」
フィオナさんの反論。
二人の意見は平行線を辿る。
そして最終的な判断は私に委ねられた。
私は目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、やはりあの書庫での出来事。
そういえばあの時もそうだった。
私が古代のハーブの本を探して途方に暮れていた時。
彼は何も言わずに梯子を登り、高い高い書架の上からその一冊を見つけ出してきてくれた。
「……これ、では、ないだろうか」
そう言って本を差し出す彼の顔は、いつも少し恥ずかしそうで、そしてとても優しかった。
あの穏やかだった彼が。
私のために兄であるアルフォンス様に意見して、軟禁までされていた。
私が何も知らなかった場所で。
私のために傷つき、罰せられていた人がいたのだ。
私はゆっくりと目を開けた。
そして二人の最強の先達をまっすぐに見つめる。
「……一度、会ってみましょう」
私のその言葉にエレノア様は少し驚いた顔をした。
「彼が本当に信頼できる人物かどうか。……いいえ、きっと彼はそういう人だわ。それでもこの目で確かめたい。そして、もしできるなら伝えたいのです。あの時のお礼と……私のせいで辛い思いをさせてしまったことへの、謝罪を」
それは私の偽らざる本心だった。
もう聖女としてではない。
ただ一人のリリアとして。
かつて私に優しさをくれた一人の青年に会いたい。
ただそれだけだった。
私の決意を感じ取ったのだろう。
エレノア様はふうと一つ大きなため息をついた。
「……わかったよ。リリアちゃんがそう言うんなら、あたしはもう何も言わん。好きにしな」
それは彼女なりの信頼の証だった。
こうして私たちの方針は決まった。
サンクチュアリは、アステリア王国の新しい王を迎える。
歴史がまた一つ、大きく動き出そうとしていた。




