第6話 春の訪れと、緊急の報せ
長く厳しい冬が終わりを告げた。
サンクチュアリの厚い雪がゆっくりと溶け始め、その下から緑の若葉が顔を出す。
小川のせせらぎが再び聞こえ始め、小鳥たちが春の訪れを歌っていた。
待ちに待った春の到来だ。
温室で冬を越した野菜の苗たちは、温かい日差しを浴びて畑へと植え替えられていく。
私も春の果物を使った新しいお菓子のレシピを考え始めていた。
誰もが新しい季節の始まりに心を躍らせていた、そんなある日のことだった。
一羽の伝書鳥がサンクチュアリの上空に現れた。
それは王国の紋章を付けた、特別な訓練をされた鳥。
その鳥がまっすぐに、向かった先は私のコテージではなく、クラウス様が寝泊まりしている客間のコテージだった。
◇ ◇ ◇
私はフィオナさんと薬草園の手入れをしていた。
そこにクラウス様が神妙な面持ちでやってくる。
その手には先ほどの伝書鳥が運んできたであろう、一通の手紙が握られていた。
「リリア様、フィオナ様」
彼のその硬い表情に、私は何事かと胸騒ぎを覚えた。
「……王国から緊急の報せが届きました」
彼は私たちをエレノア様の元へと案内した。
エレノア様のコテージのリビング。
私たちはテーブルを囲み、彼の報告を待つ。
部屋には緊張した空気が流れていた。
クラウス様は一度大きく息を吸い込むと、手紙の内容を語り始めた。
それは私たちが冬ごもりをしている間に王国で起きていた、大きな大きな変化の物語だった。
「――まずアルフォンス王子は王位継承権を剥奪されました」
「……なんだと?」
エレノア様が鋭い声を上げた。
クラウス様は構わずに続けた。
「彼の度重なる失政と求心力の低下を重く見た、国王陛下と宰相たちが下した決断とのことです。ミレーナ様との婚約も正式に破棄されました」
アルフォンス様とミレーナの末路。
その知らせに私の心は不思議と凪いでいた。
当然の結末。ただそれだけだった。
「そして……」
クラウス様はそこで一度言葉を切った。
そして私をまっすぐに見つめる。
「新たに王太子――いえ、国王として即位されたのは、第二王子エリオット様。……リリア様の追放に唯一反対し、アルフォンス王子によって離宮に軟禁されていた、あの方です」
エリオット様。
病弱でいつも書庫に閉じこもっていた影の薄い王子。
彼が私の味方だった。
そして今、王国の頂点に。
その予想外の事実に私は言葉を失っていた。
クラウス様は最後にこの手紙の本題を告げた。
それは新しい王、エリオット陛下からの正式な王命。
「新国王エリオット陛下が、サンクチュアリとの正式な会談を望んでおられます。私にその準備を整えよ、と」
王国との公式な会談。
それは私たちがずっと避けてきたこと。
だが相手はもうアルフォンス王子ではない。
私の価値を正しく理解してくれていたという、新しい王。
サンクチュアリに新しい風が吹こうとしていた。
それは穏やかな春の風か。
それとも全てを巻き込む嵐となるのか。
答えはまだ誰にも分からなかった。
ただ、私たちの長い冬が本当に終わったことだけは確かだった。




