第5話 雪祭りとお菓子作り
降り続いた雪がようやく止んだ。
サンクチュアリは深い静寂と真っ白な雪に覆われている。
それはとても美しい光景だったけれど、毎日同じ景色ではさすがに少し退屈してくるのも事実だった。
「……なんだか静かすぎて、身体がなまりそうだわ」
朝食の席で私がぽつりとそう漏らした時だった。
エレノア様がにやりと悪戯っぽく笑った。
「よし、リリアちゃん。それならいっちょ派手に祭りでもやるか」
「えっ、お祭りですか?」
その一言がきっかけだった。
私たちの長くて静かだった冬ごもりに、新しい彩りを加える「雪祭り」が開催されることになったのだ。
◇ ◇ ◇
祭りの準備はすぐに始まった。
主役はもちろん、この降り積もった雪だ。
エレノア様は魔法を使って中庭に巨大な雪の塊を作り出した。
そして氷の彫刻刀を手にすると、あっという間にその塊を彫り上げていく。
みるみるうちに姿を現したのは、巨大な聖狼フェンリルの雪像だった。
その迫力と精巧さは王都のどんな芸術家の作品よりも素晴らしい。
本物のフェンリルも自分の雪像を前に、どこか誇らしげな顔をしていた。
フィオナさんは聖獣たちを集めて雪合戦を始めていた。
ふわふわの子狐たちが丸めた雪玉を投げ合う。
グリフォンの若鳥が空から雪を降らせる。
その賑やかで楽しそうな光景に、私も自然と笑みがこぼれた。
そして私の役目はもちろんお菓子作りだ。
寒い雪の中で皆の体を温める特別なお菓子。
私は体をぽかぽかと温める効果のあるショウガをたっぷり使った、特製のジンジャークッキーを焼いた。
そして大鍋には甘くて熱いホットチョコレートをなみなみと用意する。
祭りが最高潮に達した頃。
私は皆に温かい飲み物とお菓子を振る舞って回った。
「うめえ! 冷えた体に染みるぜ!」
「まあ、美味しい。ショウガの辛さが良いですね」
エレノア様もフィオナさんも、子供のようにはしゃいでクッキーを頬張っている。
ふと視線を巡らせると。
少し離れた場所でクラウス様が、その輪に加わるのをためらっているかのように立っていた。
私はホットチョコレートをカップに二つ注ぐと、彼の元へと歩いていく。
「……どうぞ」
私がカップを差し出すと彼は驚いたように私を見た。
「……よろしいのですか」
「はい。あなたもこの里の仲間なのですから」
私は少し照れながらもはっきりとそう言った。
私の言葉に彼は一瞬息を呑んだ。
そして彼がここに来てから初めて見せるような、穏やかで心からの優しい笑顔を浮かべたのだ。
「……ありがとうございます、リリア様」
彼は受け取ったホットチョコレートを一口飲む。
その固まっていた心の氷が、ほんの少しだけ溶けていくようなそんな気がした。
私も自分のカップを口に運ぶ。
甘くて温かいチョコレートが私の心も優しく満たしていく。
白銀の世界で開かれたささやかなお祭り。
それは私たちの絆をまた一つ深く結びつけてくれた、忘れられない一日となった。
サンクチュアリの冬は温かい笑顔と、チョコレートの甘い香りに包まれていた。




