第4話 エレノアの昔話
雪がしんしんと降り続く夜だった。
外は吹雪。
だが私のコテージの中は、暖炉の火がぱちぱちと心地よい音を立てて燃えている。
その温かい光が部屋を優しく照らしていた。
その夜は珍しく、エレノア様とフィオナさん、そしてクラウスさんも私のコテージに集まっていた。
吹雪で外に出られないこんな夜は、皆で一つの場所に集まるのが一番だ。
私は皆のために、ヴォルフさんから貰ったカカオ豆で温かいホットチョコレートを淹れていた。
「……それにしても見事な吹雪だな」
窓の外を眺めながらエレノア様が呟いた。
「サンクチュアリも最初の頃はもっと寒かったんだぜ。こんな暖炉も、ふかふかの絨毯もなかったからな」
彼女はどこか懐かしむような目をしている。
「エレノア様がこの場所を見つけられた時の、お話ですか?」
フィオナさんが微笑みながら尋ねた。
「ああ。……リリアちゃんもクラウスも、まだ聞いてなかったよな」
エレノア様は私とクラウス様を順番に見た。
私たちがこくりと頷くのを確認すると、彼女はゆっくりと語り始めた。
それは百年前の壮絶な物語。
◇ ◇ ◇
「あたしが追放されたのは十八の冬の日だった。理由はまあ、リリアちゃんと似たようなもんだ。『力が強すぎて不気味だ』ってな」
彼女は自嘲するようにふっと笑った。
「たった一人でこの嘆きの森に放り出された。食い物も寝床も何もない。あるのはそこらの魔獣を捻り潰せる、この馬鹿力だけだ」
彼女の言葉は淡々としていた。
だがその裏にある孤独と絶望は計り知れない。
「何日も森を彷徨った。その時見つけたんだ。この不思議な場所をな。邪気が一切ない聖なる場所。後の【サンクチュアリ】だ」
だがそこはただの何もない土地だったという。
「家も畑も何もない。だから全部自分で作った。魔法で岩を削って壁を作り、木をなぎ倒して屋根を葺いた。凍った土を無理やり耕して、食える草を探した。……最初の冬は本当に地獄だったぜ」
彼女は暖炉の炎をじっと見つめている。
その瞳には過去の過酷な光景が映っているのかもしれない。
初代聖女エレノア。
彼女はただ力が強いだけではなかった。
その不屈の精神力。
決して諦めない強い、強い心が、この楽園の礎を築いたのだ。
「そんな生活が五十年も続いた頃かな。フィオナがここへやってきた。二人目の追放聖女様ってわけだ」
「まあ。エレノアがあまりにも無骨な暮らしをしていたので、私が少し手直しをしに来てあげただけですよ」
フィオナさんはくすくすと笑う。
二人の最強の聖女。
彼女たちが力を合わせ、長い長い年月をかけてこのサンクチュアリを作り上げてきた。
その壮大な歴史を前に私はただ言葉を失っていた。
クラウス様も同じだった。
彼は暖炉の火を見つめながら、何かを深く考えているようだった。
エレノア様はふうと息をつくと、私の淹れたホットチョコレートを一口飲んだ。
「……まあ、そんなわけでな。この場所はあたしたちの血と汗と涙の結晶なんだ。だから誰にも好き勝手にはさせん。……たとえそれが王国だろうとな」
彼女の最後の言葉は静かだったが、何よりも重い響きを持っていた。
それはこの楽園の守護者としての揺るぎない誓い。
私はこの偉大な先達たちと共いられることを心から誇りに思った。
そしてこの温かい場所を私も守っていきたい。
私のやり方で。
私の作るお菓子で。
心に新たな決意を灯しながら、私は熱いチョコレートを静かに啜った。




