第2話 冬野菜のポトフ
温室で摘んだばかりの冬のハーブ。
その清々しい香りはキッチンの空気を爽やかに満たしていた。
私は早速この素晴らしい恵みを使って、朝食の準備に取り掛かった。
メニューは野菜たっぷりのポトフだ。
エレノア様が氷室に保存しておいてくれた猪の骨付き肉。
そして秋に収穫したジャガイモやニンジン。
それらを大きな鍋でコトコトと煮込んでいく。
もちろんあの人も、この冬支度を手伝ってくれた大切な働き手の一人だ。
私は少しだけ迷った後、いつもより多めに材料を鍋へと入れた。
◇ ◇ ◇
やがて肉と野菜が柔らかく煮えた頃。
私は仕上げに摘んできたばかりのハーブをたっぷりと加えた。
ふわりと食欲をそそる優しい香りが立ち上る。
サンクチュアリの冬の恵みがぎゅっと詰まった、特別なポトフの完成だ。
その日の朝食の食卓は、いつもより少しだけ湯気が多かった。
「おお、リリアちゃん。これは温まるな。冷えた身体に染み渡るぜ」
エレノア様は大きな口でスープと具材を豪快に頬張っている。
「ええ、本当に。このハーブの香りが素晴らしいですね。心が安らぎます」
フィオナさんも、うっとりとした表情でスープを味わっていた。
その和やかな食卓の光景。
ふと窓の外に目をやると、一人の男が黙々と雪かきをしているのが見えた。
クラウス様だ。
彼は今日も誰に言われるでもなく、里のために働いている。
その背中はどこか寂しそうにも見えた。
私は食べ終わった自分の食器を持つと席を立った。
「リリアちゃん、どうしたんだ?」
「……少し作りすぎてしまったみたいなので。おすそ分け、してきます」
私がそう言うとエレノア様とフィオナさんは顔を見合わせた。
そして何も言わずに、ただ優しく微笑んでくれた。
私は温かいポトフを別の器によそい、小さなパンを添えてトレーに乗せた。
そしてコテージの外へ出る。
冷たい空気が頬を刺した。
クラウス様は私の気配に気づくと、はっとしたように動きを止めこちらを振り向いた。
私は何も言わずにトレーを彼に差し出す。
彼は驚いたように私とトレーを交互に見つめていた。
「……朝食です。食べないと力が出ないでしょう」
私がそうぶっきらぼうに言うと、彼は恐る恐るそれを受け取った。
湯気の立つ温かいスープ。
その温もりが彼のかじかんだ手にじんわりと伝わっていく。
「……いただきます」
彼は小さな声でそう言うと、その場でスープを一口、口に運んだ。
その固まっていた表情がほんの少しだけ和らいだように見えた。
その小さな変化に私の心も、ほんの少しだけ温かくなる。
私は彼に背を向けるとすぐにコテージへと戻った。
背後で彼が何かを言おうとしている気配がしたが、私は聞こえないふりをした。
寒い冬の朝。
一杯の温かいスープが凍てついた心をほんの少しだけ溶かしていく。
それはとてもささやかで、そしてとても不器用な歩み寄り。
私たちの新しい関係は、まだ始まったばかりなのだ。




