第1話 冬の始まりと、温室の奇跡
サンクチュアリの最後の紅葉が北風に舞い、散っていった。
朝、目を覚ますとコテージの窓の外は一面の銀世界。
この楽園で初めて迎える冬の到来だった。
「うわあ……!」
私は思わず感嘆の声を漏らした。
木々の枝には綿帽子のような雪が積もり、地面は真っ白な絨毯で覆われている。
太陽の光を浴びてきらきらと輝くその光景は、息を呑むほど美しかった。
だがその美しさとは裏腹に、空気は肌を刺すように冷たい。
これから長い冬が始まるのだ。
私はきゅっと身を引き締めると、暖かいスープを作るためキッチンへと向かった。
◇ ◇ ◇
「リリア、おはようございます。外はすっかり雪景色ですね」
キッチンではすでにフィオナさんがハーブティーの準備をしていた。
彼女の穏やかな微笑みは寒い朝でも人の心を温かくしてくれる。
「はい。とても綺麗ですが、やっぱり寒いですね」
「ふふ、そんな時はこれですよ」
フィオナさんはそう言うと私を外へと誘った。
向かった先は先日、彼女と聖獣たちが作ってくれたあの温室だ。
ガラスのように透明な蜘蛛の糸でできた屋根には、うっすらと雪が積もっている。
だが扉を開けて一歩中へ足を踏み入れた瞬間。
私は驚きに目を見開いた。
「……暖かい……!」
外の凍えるような寒さが嘘のよう。
温室の中はまるで春の陽だまりのような温かさと、柔らかな光で満たされていた。
地熱を操るモグラの聖獣が地面をほんのりと温めてくれているらしい。
そして何よりも私を驚かせたのは。
その温かい土から青々とした野菜の芽が、元気に顔を出していたことだ。
カブ、ニンジン、そして冬でも枯れない特殊な薬草たち。
この雪景色の中で確かな生命が息づいている。
「すごい……! 本当に冬でも野菜が育つのですね!」
「ええ。これで冬の間も新鮮なスープが飲めますね」
フィオナさんは嬉しそうに微笑んだ。
私は早速、芽吹いたばかりのハーブを少しだけ摘み取らせてもらった。
指先に触れる柔らかな葉。
その清々しい香りが私の不安な気持ちをすうっと溶かしていく。
サンクチュアリの初めての冬。
それは決して厳しいだけのものではない。
皆の知恵と力があれば、こんなにも温かく、そして豊かなのだ。
私は摘み取ったハーブを胸に抱きしめた。
よし、決めた。
今日の朝食は、この採れたてのハーブをたっぷり使った心も体も温まる特別なスープにしよう。
この温室の奇跡に感謝を込めて。
私の新しい季節が今、静かに、そして温かく始まろうとしていた。




