第20話 仲間としての席
【嘆きの獣】との戦いが終わった。
フィオナさんと聖獣たちが森の奥深くにあった獣の根城を完全に浄化してくれたことで、サンクチュアリには本当の平和が戻ってきた。
私たちのたいせつな畑も守られたのだ。
私はあの日の出来事が忘れられない。
泥だらけになってたった一丁のクワで畑を守ろうとした、クラウス様のあの後ろ姿。
騎士としてではなくこの里に暮らす一人の男として戦う彼の姿。
その姿に私の心の氷は、完全に溶かされてしまったのだ。
◇ ◇ ◇
その日の夕食。
私はいつもより少しだけ腕によりをかけて料理を作っていた。
メニューは温かい野菜たっぷりのポトフ。
畑で採れたばかりのジャガイモやニンジンがごろごろと入っている。
戦いのお祝いと、そして労いの気持ちを込めた特別なスープだ。
私はいつものエレノア様とフィオナさんとの三人の食卓に。
もう一つ席を用意した。
そしてコテージの外で一人、後片付けをしていたクラウス様の元へと向かう。
彼は私の姿に気づくといつものように立ち止まり、深く頭を下げた。
私はそんな彼に声をかける。
「クラウスさん」
彼が驚いたように顔を上げた。
私が彼のことを「様」をつけずに呼んだのは、初めてのことだったから。
「……ご飯ですよ。あなたの席も、ありますから」
私は少し照れながらもはっきりと言った。
私のその言葉に彼は信じられないといった顔で目を見開いた。
その固まっていた表情がゆっくりと綻んでいく。
そして彼がここに来てから初めて、心からの優しい笑みを浮かべた。
「……はい」
ただ一言。
だがその短い返事には、彼の万感の想いが込められているように感じられた。
その夜の食卓はいつもより少しだけ賑やかだった。
クラウスさんはまだ少しぎこちなかったけれど。
エレノア様の豪快な武勇伝を驚きながら聞き、フィオナさんの聖獣の話に静かに耳を傾けていた。
そして私の作ったポトフを「美味しいです」と何度も言ってくれた。
彼が初めて正式にこのサンクチュアリの食卓に招かれた瞬間。
それは彼が罪人でも客人でもなく。
この里の大切な「仲間」として受け入れられた証だった。
王国からの使節団がどうしているか。
外交交渉がどうなるのか。
そんなことはまた明日考えればいい。
今はただこの温かいスープの味と穏やかな食卓の時間を、皆で分かち合いたかった。
二人の間にまだ恋愛感情と呼べるものはない。
だが確かに新しい信頼関係が生まれた夜。
サンクチュアリの長い冬はもうすぐそこまで来ていた。
でもきっとこの冬は、今までで一番温かい冬になるだろう。
そんな確かな予感を胸に抱きながら。
私の心からの笑顔がランプの灯りに優しく照らされていた。




