第19話 私たちが守るべきもの
私は夢中でキッチンへと駆け込んだ。
焼き上げておいた浄化のパンを、大きな籠にありったけ詰め込む。
ずしりとした重みが腕にかかった。
だが不思議と重いとは感じない。
これが今の私の武器なのだ。
再び外へ飛び出す。
戦況は一進一退を繰り返していた。
クラウス様がクワを盾のように使い、獣の侵攻を必死に食い止めている。
その体はすでに傷だらけだった。
だが彼の瞳はまだ死んではいない。
守るべきものを見つけた男の、強い光を宿していた。
エレノア様は巨大な炎の壁を作り出し、他の獣たちが畑に近づくのを防いでいる。
「リリアちゃん、こっちだ!」
彼女が私に道を開けてくれた。
私はその道を駆け抜ける。
そして瘴気に包まれ始めた畑の中心部へとたどり着いた。
黒く枯れ始めたジャガイモの葉。
その光景に胸が痛む。
だが感傷に浸っている暇はなかった。
「……行きます!」
私は籠の中のパンを一つ掴むと、それを力いっぱい天に掲げた。
そして私の聖なる力を最大限に込めて祈る。
(聖なる恵みよ、この地に再び光を!)
パンが淡い黄金色の光を放ち始めた。
私はその光るパンを細かくちぎると、畑の土の上へと、思い切りまき散らした。
聖なるパンの欠片が土に触れた瞬間。
じゅっと音がして、黒い瘴気が霧散していく。
そして枯れかけていたジャガイモの葉が、みるみるうちに元の生き生きとした緑色を取り戻していった。
「……効いている!」
確かな手応え。
私は次々とパンをちぎり、畑へと撒いていく。
それはまるで聖なる種を蒔いているかのようだった。
私のその行動が獣たちをさらに苛立たせたらしい。
数匹の獣が標的を私へと変え、襲いかかってくる。
「リリア様!」
クラウス様の悲痛な声。
だが私にはもう恐怖はなかった。
私の前には二人の最強の守護者がいる。
そして私の隣には体を張って戦う仲間がいるのだから。
「――そこまでだ、外道ども」
エレノア様の冷たい声が響き渡る。
彼女が作り出した炎の壁が巨大な炎の竜巻へと姿を変え、獣たちを飲み込んでいった。
断末魔の叫び声すら聞こえない。
影は光に焼き尽くされ、完全に消滅した。
◇ ◇ ◇
嵐が過ぎ去った。
後には静寂と浄化のパンの清らかな香りだけが残される。
畑は守られたのだ。
私たちの初めての共同作業によって。
私はその場にへなへなと座り込んだ。
全身の力が抜けていく。
ふと隣を見るとクラウス様も泥だらけのまま、地面に座り込んでいた。
彼と目が合う。
私たちは何も言わなかった。
だが言葉など必要なかった。
彼のその安堵に満ちた穏やかな表情が、全てを物語っている。
私たち二人の間に確かに何かが生まれた瞬間だった。
それはまだ名前のない温かい感情。
サンクチュアリの夕焼けが、そんな私たちを優しく照らしていた。




