第6話 パティシエ聖女、初仕事
本日も今のところは3話ほど更新予定です
私が新しいキッチンでマフィンの試作に励んでいると、フィオナさんが少しだけ眉を下げて私に声をかけてきた。
「リリア、少し相談があるのですが……」
彼女の穏やかな表情が曇っているのは珍しい。何事だろうか。
「どうかなさいましたか、フィオナさん」
「ええ。実は崖の上にあるグリフォンの巣で、一羽のヒナが元気をなくしているのです」
グリフォン。上半身が鷲で下半身が獅子という気高い聖獣だ。
このサンクチュアリでは、そういった伝説の生き物たちがごく普通に暮らしている。
フィオナさんの話によると、そのヒナは数日前に生まれたばかり。だが兄弟たちのように元気に鳴くこともなく、親鳥が運んでくる餌にもほとんど口をつけないらしい。
「エレノアが魔法で診てくれたのですが身体に別状はない、と。おそらく精神的なもの……生まれつき少し気弱な子なのかもしれません」
フィオナさんはまるで自分の子供のことのように、そのヒナを心配していた。
気弱な子。
その言葉に私は王宮にいた頃の自分を重ねていた。
いつも周りの顔色を窺い、おどおどと過ごしていたかつての私。
「あの、もしよろしければ……」
私はまだ温かいマフィンを手に取った。
「その子に、これを食べさせてみてはいただけないでしょうか」
◇ ◇ ◇
フィオナさんの案内で、私たちは崖の上にあるグリフォンの巣へと向かった。
巣の中には綿毛に覆われた三羽のヒナがいた。二羽は元気にじゃれ合っているが、一羽だけが巣の隅で小さくうずくまっている。か細く震えているようにも見えた。
親鳥である二頭の巨大なグリフォンが、心配そうに私たちを見下ろしている。
私はうずくまるヒナの前にそっとしゃがみこむと、持ってきたマフィンを小さくちぎってそのくちばしの前に差し出した。
このマフィンはただのマフィンではない。
あの後ヒナのために特別に作り直したものだ。栄養価の高い木の実をすり潰して生地に混ぜ込み、神獣たちが集めてきてくれた生命力に満ちた「月光花」の蜜をたっぷりと使った。
私の【祝福製菓】の力を最大限に込めた一品。
ヒナは最初、警戒するように私を見ていた。
だがマフィンから漂う甘く優しい香りに誘われたのだろうか。おそるおそる、その小さなくちばしでマフィンをつついた。
一口、また一口と夢中で食べ始める。
するとヒナの身体に奇跡が起きた。
うずくまっていた身体に力が漲っていくのがわかる。
か細かった鳴き声は空気を震わせるほど力強いものへと変わった。
そして今まで一度も動かさなかった翼を大きく広げ、その場で力強く羽ばたき始めたのだ。
「まあ……!」
フィオナさんが感嘆の声を漏らす。
親鳥のグリフォンたちも驚きと喜びが混じったような鳴き声を上げた。
元気になったヒナは私の膝にすり寄ってくると、感謝を伝えるように「きゅるる」と甘えた声で鳴いた。
ああ、なんて可愛いのだろう。
私はその柔らかな頭をそっと撫でてやった。
やがて親鳥の一羽がどこかへ飛び去ったかと思うと、すぐに戻ってきた。
そして私の足元に何かをそっと置く。
それは夜空の色を閉じ込めたような、美しい青色の宝石だった。
お礼、というわけか。
「よかったですね、リリア。グリフォンがあなたを認めてくれましたよ」
フィオナさんの言葉に私の胸は温かいもので満たされていく。
これが私の新しい仕事。私の新しい日常。
言葉の通じない聖獣でさえ、私の作ったお菓子で笑顔にできる。
これほどの喜びがこの世にあったとは。
私はもらった宝石を大切にポケットにしまうと空を見上げた。
サンクチュアリの空はどこまでも青く、澄み渡っていた。
私の未来もきっとこの空のように晴れやかなものになるだろう。そんな確信が私の中に芽生えていた。
次話は12時頃更新予定




