第16話 幕間・第二王子の台頭
国王アルフレッドは玉座にあって深くため息をついた。
目の前には宰相を筆頭とした穏健派の重鎮たちが、厳しい顔で並んでいる。
彼らが何を言いに来たのか。
聞かずとも分かっていた。
「陛下。もはや猶予はございません」
宰相が静かに、だが断固とした口調で口火を切った。
「アルフォンス王子にこの国を任せることはできません。このままでは民の王家への信頼は完全に失墜いたしましょう」
それは事実上の廃嫡の進言。
国王はぐっと言葉に詰まる。
可愛い我が子。だが彼の近年の愚行は目に余るものがあった。
「……では、誰を立てろと申すか」
かろうじて絞り出した国王の問いに、宰相は待っていましたとばかりに答えた。
「第二王子エリオット様。彼の方こそ次代の王にふさわしい御方と、我々は確信しております」
「エリオットだと……? あの病弱な子が……」
「陛下。エリオット様は病弱ではあられますが、そのご慧眼は我々の想像を遥かに超えておりました」
宰相は語り始めた。
先日、彼らが水面下でエリオット王子に接触した時のことを。
◇ ◇ ◇
宰相たちはアルフォンス王子によって軟禁されていたエリオット王子を、半ば強引に解放した。
離宮の書庫でやつれた姿のエリオットを見つけた時、彼らは一瞬自分たちの判断を悔いたという。
だがエリオットは国の惨状を聞くと、顔色一つ変えなかった。
それどころか彼は驚くほど的確に現状を分析してみせたのだ。
「……当然の帰結です。兄上がリリア様の価値を見誤ったのですから」
彼の声は静かだったが、その瞳には確かな知性の光が宿っていた。
「国の真の力とは軍事力でも財力でもない。民の心の安定です。リリア様はその根幹を支えていた。それを自ら手放したのです。国が傾くのは当たり前だ」
そのあまりの慧眼に宰相たちは息を呑んだ。
そしてエリオットは続けた。
「国を立て直す道は一つしかありません」
「……と、申されますと?」
「サンクチュアリとの真の友好関係を築くこと。そして兄上が犯した国家としての過ちを、誠心誠意謝罪することから全ては始まります」
その明確なビジョン。
そして何よりもリリアという存在の重要性を正しく理解している、その聡明さ。
宰相たちはこの時確信した。
この若き第二王子こそがこの国を救う唯一の光であると。
◇ ◇ ◇
宰相の話を聞き終えた国王アルフレッドは、しばらく目を閉じて黙り込んでいた。
やがて彼はゆっくりと目を開けると、疲弊しきった声で呟いた。
「……わかった。好きにせよ」
それは事実上の許可だった。
アルフォンスの廃嫡とエリオットの擁立を認めた瞬間。
宰相たちは深く頭を下げた。
彼らの顔にはようやく安堵の色が浮かんでいる。
アステリア王国は今、まさに歴史の大きな転換点を迎えていた。
最も正しき者が最も正しき場所へと導かれる、時代の始まり。
だがその大変革の中心にいるはずの一人の聖女は。
遠い楽園でそんなことなど露知らず、明日のジャムの材料のことで頭を悩ませていた。
世界の歯車はいつも、彼女があずかり知らぬところで静かに、そして大きく回り続けているのだった。




