第14話 幕間・無能な王子の後悔
ミレーナが夜会を飛び出した後も、アルフォンスはただ黙ってグラスを傾けていた。
琥珀色の液体が彼の乾いた喉を通り過ぎていく。
だがいくら飲んでも心の渇きは癒やされない。
それどころか後悔と自己嫌悪の念が、ますます募っていくだけだった。
彼は執務室に戻ると、一人机の上に突っ伏した。
クラウスをサンクチュアリへ送り出してひと月以上。
何の音沙汰もない。
もはや望みはないのだろう。
(……なぜ私は、あんな愚かなことを)
アルフォンスの脳裏にリリアを追放した、あの日の光景が蘇る。
ミレーナの涙。
貴族たちの追従。
そして全てを諦めたようなリリアの静かな瞳。
あの時、私は確かに間違えたのだ。
いや、間違いはもっと前から始まっていた。
それは弟のエリオットが私の執務室を訪ねてきた、あの日だ。
◇ ◇ ◇
――断罪裁判の前日だった。
離宮にいるはずのエリオットが珍しく私の部屋を訪ねてきた。
彼はいつも書庫に閉じこもっている、病弱で影の薄い弟。
そのエリオットが真剣な顔で私に言ったのだ。
「兄上。早計です。リリア様の追放だけはお考え直しください」
「……何だと?」
「リリア様の日々の祈りこそが、この国の目に見えぬ礎なのです。彼女の地道な聖力がこの国の繊細なバランスを保っている。私は古文書を読み、そう確信いたしました。彼女を失えばこの国は必ずバランスを崩します」
その言葉は冷静で的確だった。
だが当時の私はミレーナに心酔し、そしてリリアへの失望で我を忘れていた。
弟からの苦言は私の傷ついたプライドを逆撫でするだけのものだった。
「黙れ! 病弱なお前が政治に口を出すな! 聖女の何がわかると言うのだ!」
私は激昂し、彼の言葉に耳を貸さなかった。
そしてあろうことか彼の行動を封じるために、「しばらく離宮で頭を冷やせ」と彼を軟禁状態にしてしまったのだ。
◇ ◇ ◇
今となっては分かる。
弟の言葉が全て正しかったのだ。
そして愚かだったのは私の方だった。
国の本当の支えが何なのか見抜けなかった無能な王子。
それが私、アルフォンス・デ・アステリアの正体だった。
「……すまなかった、エリオット。……すまなかった、リリア」
誰にも聞こえない謝罪の言葉が、虚しく執務室の闇に溶けていく。
もう何もかもが手遅れだ。
この国も、私の人生も。
アルフォンスは卓上の酒瓶を掴むと、それを直接煽った。
そうでもしなければ正気でいられなかったからだ。
彼はまだ知らない。
自分のその無気力な態度が、彼の王位継承者としての立場を決定的に危うくしているということを。
そして彼が軟禁した聡明な弟が、今まさに歴史の表舞台へと引きずり出されようとしていることを。
王国の長い夜は、まだ明ける気配がなかった。




