第11話 差し入れのパン
エレノア様の氷室とフィオナさんの温室。
二つの素晴らしい施設のおかげで、私たちの冬支度は最終段階を迎えていた。
今日は温室に野菜の種を植えるための土を運び込む作業だ。
エレノア様が魔法でふかふかの土を一箇所に集める。
フィオナさんが聖獣たちに指示を出し、その土を温室まで運んでいく。
もちろんその力仕事の中にクラウス様の姿もあった。
彼は誰よりも汗を流し、黙々と土の入った麻袋を担いでいる。
その姿はもうすっかりサンクチュアリの風景に馴染んでいた。
私はそんな皆の姿をコテージの窓から眺めていた。
そしてふと思い立つ。
(そうだわ。皆さんに差し入れを作りましょう)
肉体労働の後はお腹が空くに違いない。
こういう時に一番喜ばれるのは、やはり焼き立てのパンだ。
私はすぐにキッチンに立つと、パン生地をこね始めた。
◇ ◇ ◇
お昼過ぎ。
私は大きな籠に焼きあがったばかりのパンをたくさん詰めて、温室へと向かった。
パンの香ばしい匂いに気づいたのだろう。
エレノア様が一番に駆け寄ってきた。
「おお、リリアちゃん! いい匂いだと思ったらパンか! 気が利くな!」
「ふふ、皆さんお疲れ様です。たくさん召し上がってください」
「ありがとう、リリア。ちょうどお腹が空いていたところです」
フィオナさんも聖獣たちと一緒にパンを受け取ってくれる。
皆、泥だらけの手で、それでもとても美味しそうにパンを頬張っていた。
その光景を見ているだけで私の心は温かくなる。
ふと視線を巡らせる。
クラウス様は少し離れた場所で一人、作業を続けていた。
彼は、こちらには来ようとしない。
自分は差し入れを貰う資格などないとでも思っているのだろうか。
相変わらず不器用で意固地な人だ。
私は、はぁ、と一つため息をついた。
そして籠に残っていたパンを一つ手に取る。
彼が作業をしている近くに、ちょうどいい切り株があった。
私はそこへ向かう。
そして彼に気づかれないように、そっとその切り株の上にパンを置いた。
何も言わない。
声をかけることもしない。
ただそれだけ。
それが今の私にできる精一杯の歩み寄りだった。
私はすぐにその場を立ち去った。
彼がそのパンを食べたのかどうか。
私は知らない。
知る必要もない。
だがその日の夕方。
薪をコテージの前に運び終えたクラウス様が、私とすれ違う瞬間。
一度だけ立ち止まった。
「……ごちそうさまでした」
私の方を見ずに、ただぽつりと。
小さな小さな声だった。
だがその声は確かに私の耳に届いた。
それは彼がここに来てから、初めて私に向けた感謝の言葉。
私は驚いて何も返せなかった。
ただ彼の後ろ姿が遠ざかっていくのを、黙って見つめていただけ。
胸の中にまた小さな波紋が一つ広がった。
その正体を私はまだ知らない。
知らないふりをしているだけ、なのかもしれない。




