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第5話 私の新しい日常

 私が【サンクチュアリ】に来てから三日が経った。

 王国で不穏な兆候が現れ始めていることなど、もちろん私は知る由もない。

 今の私は人生で最も穏やかで、幸福な時間を過ごしていた。


「リリアちゃん、こっちのコテージをあんたの家として使いな。キッチンも広いからお菓子作りにはもってこいだろ」


 エレノアさんはそう言って、丘の上に立つ一際眺めの良い家を私に与えてくれた。

 中にはふかふかのベッドや可愛らしい家具まで揃っている。王宮の私の部屋よりもずっと居心地が良かった。


「ありがとうございます、エレノア様」

「様なんて水臭い。エレノアでいい。あたしたちはもう家族みたいなもんだ」


 彼女は私の頭をわしわしと撫でると、にかりと笑った。

 その気さくさに私の心も自然と軽くなる。

 私の【祝福製菓ブレッシング・パティスリー】の力は、このサンクチュアリで早速大評判となった。

 初代と二代目という伝説の聖女に「このクッキーは国宝級だ」などと絶賛され、私はあっという間にこの里の専属パティシエとして迎え入れられたのだ。


 ◇     ◇     ◇


 今日の午後も私は新しいお菓子の試作に励んでいた。

 キッチンの窓からは柔らかな日差しと、花の香りを乗せた風が吹き込んでくる。

 王宮にいた頃に毎日感じていた重圧や息苦しさが嘘のようだ。


「リリア、何を作っているのですか?」


 ひょこりと顔を覗かせたのはフィオナさんだった。

 彼女の周りにはいつも小さな神獣たちが付き従っている。ふわふわの毛玉のような生き物や、宝石のような目をした小鳥たちだ。

 彼らは皆、私の作るお菓子が目当てらしい。


「こんにちは、フィオナさん。今日はハチミツを使ったマフィンを試しているんです」


 私が焼きあがったばかりのマフィンを差し出すと、フィオナさんは嬉しそうに目を細めた。


「まあ、良い香り。……ふふ、この子たちも待ちきれないみたいですね」


 彼女が指さす先では神獣たちがそわそわと足踏みをしている。

 私は小さくちぎったマフィンを彼らに分けてあげた。

 すると神獣たちは夢中でそれを食べ、満足そうに「きゅいきゅい」と鳴き声を上げる。その姿を見ているだけで心が和んだ。


「本当にリリアのお菓子は不思議ですね。食べた者は皆、幸せな気持ちになる」


 フィオナさんはそう言って自分のマフィンを一口食べた。


「……美味しい。それに少し疲れていた身体が、軽くなっていきます」

「本当ですか? よかったです」


 自分の力が誰かの役に立つ。

 王宮では決して得られなかった実感だった。

 私の力は地味で大したことはできないと、ずっと思い込んできた。けれどここでは違う。エレノアさんもフィオナさんも、そしてこの小さな神獣たちでさえ、私を、私の作るお菓子を必要としてくれるのだ。


 ふと窓の外に目をやると、聖狼フェンリルが丘の上で気持ちよさそうに昼寝をしているのが見えた。

 彼が私を見つけてくれなければ、今頃私はどうなっていただろうか。

 きっと嘆きの森で独り、絶望の中で命を落としていたに違いない。


(ありがとう、フェンリル。ありがとう、エレノアさん、フィオナさん)


 私は心の中でこの楽園の全てに感謝した。

 追放された日から私の本当の人生が始まったのだ。

 重苦しい【聖女】の役目から解放され、今はただの菓子職人リリアとしての日々。


 よし、決めた。

 これからはこのサンクチュアリの皆を、私の作るお菓子で世界一幸せにしてみせよう。


 私は新たな決意を胸に、次のマフィンの生地を混ぜ始めた。

 王国のことなどもう私の記憶の片隅からも消え去りつつあった。

 私の新しい日常は甘いバターの香りと、大切な人々の笑顔に満ちている。これ以上の幸せなどどこにもないのだから。

お気に入り登録と★★★★★評価をよろしくお願いいたします。


次話は明日7時頃更新予定

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― 新着の感想 ―
里と言うからには聖女以外にも人が居るのかな?コテージはその人たちが作った?
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