第6話 せめてもの罪滅ぼしを(クラウス視点)
眠れないまま夜が明けた。
窓から差し込むサンクチュアリの清らかな朝日が、やけに目に染みる。
私は重い体をなんとかベッドから引き起こした。
今日からどうすればいいのか。
答えはまだ出ていない。
だが、ただ部屋に閉じこもっていても何も始まりはしないだろう。
私はコテージの外へ出た。
朝の澄んだ空気が心地よい。
丘の上からはリリア様のコテージの煙突から、細く白い煙が立ち上っているのが見えた。
もう朝食の準備をしているのだろうか。
私のためにではない。
彼女の大切な家族のために。
その光景が私の胸を締め付けた。
私はあの温かい食卓に招かれる資格すらない部外者なのだ。
交渉の返事を待つ間、私は客人としてこの楽園の恩恵を享受しているだけでいいのだろうか。
(……違う)
それは違う。
許されるはずがない。
加害者である私が、のうのうとこの聖域の空気を吸っていること自体が間違っているのだ。
◇ ◇ ◇
私は意を決してリリア様のコテージへと向かった。
扉の前で何度も躊躇する。
だが私は拳を握りしめ、扉をノックした。
しばらくして扉が開き、リリア様が顔を出す。
エプロンをつけたその姿。
彼女は私の顔を見ると一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに無表情へと戻った。
「……何か御用でしょうか、クラウス様」
その壁を感じさせる呼び方。
だが今の私にはそれが相応しい。
私は彼女の目を見て、はっきりと告げた。
「リリア様。お願いがございます」
「……なんでしょう」
「私に何か仕事をいただけないでしょうか。薪割りでも水汲みでも畑仕事でも、何でも構いません。この身が動く限りの労働をさせてください」
私はその場で彼女の前に膝をついた。
騎士の礼ではない。
ただ一人の罪人としての懇願だ。
「私はあなた様に許しを乞う資格などないことは承知しております。ですがこのまま何もせず、あなた様の優しさに甘えていることだけは、どうしても耐えられないのです」
私の騎士としてのプライドは昨日砕け散った。
今の私にあるのはただ罪の意識と、贖罪への渇望だけだ。
「どうかお願いします。せめて私の犯した罪を、この身で償わせてください」
私は深く、深く頭を垂れた。
顔を上げることはできない。
彼女からのどんな罵倒も軽蔑も、全て受け入れる覚悟はできていた。
長い沈黙が流れる。
やがて私の頭上から、リリア様の静かなため息が聞こえてきた。
それは呆れたような、それでいてどこか仕方のないといったような複雑な響きを持っていた。
「……好きにすればいいのでは、ありませんか」
ぽつりと彼女はそう言った。
それは許可でも拒絶でもない。
ただ突き放すような無関心な言葉。
「あなたが何をしようと、私の知ったことではありませんから」
彼女はそれだけを言うと、ぴしゃりと扉を閉めた。
私は閉ざされた扉の前で、一人膝をついたまま動けなかった。
好きにすればいい。
それはつまり私の存在などどうでもいいということ。
だが今の私にとっては。
その無関心こそが、唯一与えられた赦しのように感じられた。
私はゆっくりと立ち上がった。
そして近くに積まれていた薪の山と、そこに立てかけてあった一丁の斧を見つめた。
よし、と。
心の中で呟く。
騎士クラウスは昨日死んだ。
今日から私は、ただの罪人クラウスだ。
私の長く、そして果てしない贖罪の日々が、今、静かに始まった。
クラウス視点終了




