第2話 三度、森へ(クラウス視点)
ここまでクラウス視点。
次話からリリア視点にもどります。
王国の正式な使者として、サンクチュアリへの道を再び進むことになった。
前回とは何もかもが違っていた。
一人夜陰に紛れて進んだあの時とは違い、今回は国王陛下の名の下、公式な使節団として堂々と北を目指す。
物資も人員も十分に与えられた。
だが私の心は、あの時よりもずっと重かった。
(……どんな顔をしてお会いすればいいのだろうか)
馬に揺られながら私は何度も自問自答を繰り返す。
リリア様は私を許してはくれないだろう。
当然だ。私は彼女が最も苦しんでいた時に何もできずに、ただ傍観していた臆病者なのだから。
それでも行かなければならない。
これは王国の未来のため。そして私自身の罪を償うための旅なのだ。
◇ ◇ ◇
嘆きの森の入り口に到着した。
ここから先は使節団を待機させ、私一人で進むことになる。
サンクチュアリの場所を知る者は私しかいない。そしてあの聖域に大勢で押し掛けることが、いかに愚かなことか身をもって知っている。
「私が戻るまでここで待機せよ。決して森に足を踏み入れるな」
部下たちにそう厳命すると、私は一人森の中へと入っていった。
相変わらず不気味な邪気に満ちた森。
だが私の心にはもう以前のような恐怖はなかった。
この森の先に何があるのかを知っているからだ。
私は記憶を頼りに森の奥深くへと進んでいく。
時折現れる魔物を剣で冷静にいなしながら。
そして半日ほど歩き続けた頃だろうか。
あの懐かしい甘い香りが鼻をかすめた。
(……間違いない。この先だ)
私の足取りが自然と速くなる。
木々が開け、目の前にあの不可視の結界が現れた。
陽炎のように揺らめく聖なる壁。
ここが現実と楽園の境界線。
私は結界の前で立ち止まった。
そして大きく息を吸い込む。
前回のように大声を出すような無粋な真似はしない。
ただ静かに待つ。
こちらの存在に気づいてくれるのを。
すると、まるで私の心を読んだかのように。
結界の一部がするりと口を開けた。
そしてその向こうから一人の女性が姿を現す。
燃えるような真紅の髪。初代聖女エレノア様だった。
彼女は私を見ると、心底うんざりしたような顔をした。
「……あんたか、小僧。また来たのか。懲りない奴だな」
その声には鋭い敵意が宿っている。
私は慌ててその場に膝をついた。
「お待ちください、エレノア様。本日は敵として来たのではありません。アステリア王国の正式な使者として参りました」
「使者だと?」
エレノア様は訝しげに眉をひそめた。
「はい。我が主アルフォンス王子より、リリア様とサンクチュアリの皆様へ親書をお預かりしております」
私は懐から王家の紋章が入った封筒を取り出し、彼女に恭しく差し出した。
エレノア様はしばらく私と、その親書を交互に見比べていた。
その瞳は私の心の奥底まで見透かしているかのようだ。
やがて彼女はふうと一つ、大きなため息をついた。
「……仕方ねえな。話くらいは聞いてやる」
彼女は親書を受け取ると私に顎をしゃくった。
「入れ。だが変な気を起こすなよ。その首、いつでも刎ねられるってこと忘れんな」
「……肝に銘じます」
私は許しを得てゆっくりと結界の中へと足を踏み入れた。
三度、この地へ。
だが今回は今までで一番、心臓が大きく脈打っていた。
これから私は彼女に会うのだ。
私が裏切ってしまった、たった一人の聖女様に。




