第19話 グリフォンと空の散歩
子狐たちのパン食い競争がサンクチュアリでのささやかなブームとなった、数日後のこと。
私は薬草園でフィオナさんと一緒に薬草の収穫をしていた。
その時だった。
空から大きな影が私たちの元へ舞い降りてきた。
翼を広げれば数メートルにもなる雄大なグリフォンだ。
その姿は気高く美しい。
だが私にはわかっていた。
このグリフォンがまだやんちゃな若鳥であることを。
「こんにちは。元気だった?」
私がそう声をかけると、グリフォンは嬉しそうに「キュイ!」と甲高い声を上げた。
この子は以前、私が特製のハチミツマフィンで元気にしてあげた、あのヒナだ。
すっかり大きく立派になった。
今ではすっかり私に懐いてくれていて、時々こうして顔を見せに来てくれるのだ。
グリフォンは私の隣にちょこんと座ると、その大きな頭を私の肩にすり寄せてきた。
甘えているというわけか。
体は大きくなっても中身はまだ子供のままらしい。
私がその鷲のようなくちばしの下を優しく撫でてやっていると。
彼は何かを思いついたように顔を上げた。
そして私に向かって、もう一度「キュイ!(乗って)」と鳴いたのだ。
その大きな背中を私の方へ向けてくる。
「えっ? 乗せてくれるの?」
私の問いかけに彼は肯定するように、翼をぱさりと広げてみせた。
「まあ、よかったですね、リリア」
フィオナさんがにこにこと微笑んでいる。
「彼はあなたを空の散歩に誘っているのですよ。彼が背中を許すのは、心を許した本当の仲間だけです」
その言葉に私の胸は、じんと温かくなった。
◇ ◇ ◇
私はフィオナさんに手伝ってもらい、グリフォンの広い背中にそっと跨った。
安定感のある頼もしい背中だ。
「それじゃあ、お願いね」
私が彼の首筋をぽんと叩くと、グリフォンは力強く翼を羽ばたかせた。
ふわりと体が宙に浮く。
そして次の瞬間、私たちは空高く舞い上がっていた。
「わあ……!」
思わず声が漏れる。
眼下にはサンクチュアリの美しい全景が広がっていた。
私のコテージもエレノア様の家も、フィオナさんの薬草園も全てがミニチュアのようだ。
色とりどりの花畑がまるで宝石箱のように、きらきらと輝いている。
風が心地よい。
地上からでは決して見ることのできない絶景。
これがこの楽園の本当の姿なのだ。
地上ではエレノア様とフィオナさんが、私たちを見上げて手を振ってくれているのが見えた。
私も大きく手を振り返す。
聖獣との絆。
それは私がこのサンクチュアリに来て手に入れた、かけがえのない宝物の一つ。
彼らは私を家族として、仲間として受け入れてくれたのだ。
グリフォンは空を大きく一周すると、ゆっくりと高度を下げていく。
そして寸分の狂いもなく元の薬草園に、優しく着地した。
「ありがとう。とっても楽しかったわ」
私が背中から降りてお礼を言うと、彼は誇らしげに胸を張った。
その姿がなんとも頼もしく、そして愛おしい。
空を飛ぶというファンタジーの王道。
そんな夢のような体験が私の新たな日常の一ページに加わった。
私はこの穏やかで刺激的な毎日を心から愛していた。
この幸せがずっと、ずっと続きますように。
私は澄み渡る青空を見上げながら、そっとそう祈った。