第4話 一方、王国では……
私が嘆きの森へと追放されてから三日が過ぎた。
アステリア王国の玉座では、アルフォンス王子が苦虫を噛み潰したような顔で庭師からの報告を受けていた。
「――それで、原因は不明だと申すか」
「はっ。いかにも。王妃様が手ずから育てておられた白薔薇が、一夜にして全て枯れ果てまして……。他の庭の草花も日に日に勢いを失っております。まるで大地そのものから生命力が失われているかのようで……」
庭師はそう言って、青い顔で床に平伏した。
アルフォンスは舌打ちしたいのを堪え、ちらりと隣に立つ少女に視線を送る。
彼の新たな婚約者にして、正統なる【聖女】として迎え入れられたミレーナだ。
「ミレーナ、そなたの力で庭を癒やすことはできぬか」
「……はい、アルフォンス様。わたくし、やってみます」
ミレーナは健気な表情で頷くと、枯れた庭園に向かって両手を広げ祈りを捧げ始めた。
その姿は絵画から抜け出してきたように神々しく、美しい。
だが。
一分経っても五分経っても、庭には何の変化も訪れない。
それどころかミレーナが祈りを捧げるほど、残っていた緑がさらに色褪せていくようにさえ見える。
「……おかしいですわ。わたくしの聖力が大地に届きません……」
ミレーナは額に汗を浮かべ、困惑したようにアルフォンスを見上げた。
その瞳が微かに揺れている。
まさか、とは思う。彼女が嘘をついているなど考えたくもない。
アルフォンスは庭師を下がらせると、重い口を開いた。
「……リリアがいた頃は、このようなことはなかったな」
ぽつりと漏れた言葉は誰に言うでもない呟きだった。
あの女の力は地味で、目に見える奇跡など起こせなかった。だが彼女が毎日祈りを捧げていた礼拝堂の周りだけは、いつも花が咲き乱れていたことを今更ながらに思い出す。
「お、お姉様はわたくしよりも長く聖女としての教育を受けておられましたから。きっと何か特別なコツがあったのですよ」
ミレーナが慌てたように取り繕う。
その態度がアルフォンスの胸に小さな疑念の種を植え付けた。
◇ ◇ ◇
その日の夕刻。
今度は神官が血相を変えて玉座の間へ駆け込んできた。
「も、申し上げます! 【太陽の宝珠】に新たなヒビが……!」
「なんだと!?」
アルフォンスとミレーナが宝珠の間に駆けつけると、厳重に安置されていたはずの宝珠の亀裂が、確かに三日前よりも広がっていた。
ひび割れの隙間からは微かだが、ぞっとするような冷たい気が漏れ出している。
「そんな……。わたくし、毎日お祈りを捧げておりましたのに……」
ミレーナは今にも泣き出しそうな顔で宝珠を見つめた。
その姿は庇護欲をそそるはずなのに、アルフォンスの心は不思議と冷めていた。
(リリアを追放してから、悪いことばかりが続く……)
偶然か。
それとも何か理由があるのか。
まさかあの女の力が、我々が思っていたよりも遥かに……。
いや、ありえない。
アルフォンスは頭を振り、その不吉な考えを打ち消した。
全てはあの偽聖女が宝珠を穢したせいだ。そうに違いない。
「……ミレーナ、そなたの力が安定するまで宝珠の間は封鎖する。誰も近づけるな」
「は、はい……アルフォンス様」
彼はそう命じると背を向けた。
ミレーナの安堵したような微かな息遣いに、気づかないふりをして。
この時彼はまだ知らなかった。
これがアステリア王国に訪れる、長い凋落の始まりに過ぎないということを。
そして自分たちが犯した過ちの代償が、どれほど高くつくことになるのかを。
王国の中心で綻びが生まれ始めたその頃、一人の元聖女が楽園で人生最高の幸福を噛みしめていたことなど、知る由もなかったのだ。
次話は18時頃更新予定