第17話 聖狼フェンリルの甘えたい日
もふもふのターン!
ヴォルフさんたちからの贈り物で、私のキッチンの食材棚は一気に賑やかになった。
新しい食材を前に私の創作意欲はますます燃え上がっている。
そんな穏やかな日の午後のことだった。
私はコテージの前のポーチで日向ぼっこをしながら、新しいお菓子のレシピを考えていた。
すると私の足元に、ずしりとした重みがかかる。
見下ろすとそこにいたのは聖狼フェンリルだった。
サンクチュアリの守護者であり、この森で最初に私を助けてくれた恩人だ。
彼はいつも威厳に満ち溢れている。
その佇まいはまるで気高い王のよう。
だが今日の彼は少し様子が違った。
「こんにちは、フェンリル。どうしたの?」
私がそう声をかけると、彼は私の足にするりとその大きな頭を擦り付けてきた。
そして私の隣にごろりと巨体を横たえる。
まるで巨大な白い絨毯のようだ。
それだけでは終わらない。
フェンリルはあろうことか私に向かって、その弱点であるはずのお腹を見せてきたのだ。
そしてその金色の瞳でじっと私を見つめてくる。
(……これは、もしかして)
甘えているのだろうか。
あの威厳あふれる聖狼フェンリルが。
私はおそるおそるその真っ白で、もふもふのお腹に手を伸ばした。
指先に触れる極上の毛皮。
その感触はどんな絹織物よりも滑らかで、温かかった。
私がわしわしとそのお腹を撫でてやると、フェンリルは気持ちよさそうに目を細めた。
そして、ぐるるる、と喉の奥で満足そうな音を鳴らす。
その音はまるで巨大な猫のようだ。
◇ ◇ ◇
しばらくそうしていると、コテージからエレノア様が出てきた。
彼女は私の足元でだらしなくお腹を出しているフェンリルを見ると、呆れたように肩をすくめた。
「……やれやれ。威厳も何もあったもんじゃないな、あいつは」
「ふふ、可愛いですよ」
「リリアちゃんの前でだけだ、あいつがあんな格好をするのは。あたしやフィオナの前では相変わらずスカした王様気取りだぜ」
どうやらフェンリルは私にだけ特別な姿を見せてくれているらしい。
その事実に私の胸は、くすぐったいような嬉しいような気持ちでいっぱいになった。
「そうだリリアちゃん。せっかくだからブラッシングもしてやんな」
エレノア様はそう言うと、どこからか大きな櫛のようなブラシを持ってきた。
私がそのブラシでフェンリルの毛並みを梳かしてやると、彼はさらに気持ちよさそうな顔をする。
陽だまりの中、ただひたすらに巨大なもふもふを撫でて梳かす。
なんと贅沢で幸せな時間だろうか。
私はもう我慢できずに、その広大な白いお腹に顔をうずめた。
「もふもふです……!」
太陽の匂いとフェンリルの安心する匂いが、私を優しく包み込む。
天国がもしあるとするならば、きっとこんな場所に違いない。
最強の聖獣が見せる、私にだけ心を許した甘えん坊な姿。
これもまた私がこのサンクチュアリで手に入れた、かけがえのない宝物の一つ。
私はフェンリルの温かい毛皮に包まれながら、この幸せな時間が永遠に続けばいいのにと心からそう願った。