第16話 謎の届け物とチョコレートケーキ
傭兵団【鉄の爪】がサンクチュアリを訪れてから数日が過ぎた。
私の日常は何一つ変わらない。
朝は小鳥のさえずりで目を覚まし、昼はお菓子作りに精を出す。
そんな穏やかな日の朝のことだった。
「リリア、リリア。大変です」
フィオナさんが少し慌てた様子で、私のコテージへ駆け込んできた。
彼女がこれほど急いでいるのは珍しい。
「どうかなさいましたか、フィオナさん」
「それが……森のリスたちが教えてくれたのです。結界のすぐ外に大きな木箱が置かれている、と」
「木箱、ですか?」
私とフィオナさんはエレノア様も呼んで、三人で問題の場所へと向かった。
すると確かにフィオナさんの言う通り、結界の外の開けた場所に立派な木箱が一つ、ぽつんと置かれていた。
罠だろうか。
私たちが警戒していると、エレノア様がふんと鼻で笑った。
「心配するな。邪気は全く感じられん。むしろどこか律儀で不器用な気配がする」
彼女はそう言うと結界の一部を、まるでカーテンを開けるようにするりと操作した。
そして一人、木箱の元へと歩いていく。
彼女が木箱の上に置かれていた一枚の羊皮紙を手に取った。
それに目を通すと彼女は一瞬きょとんとした顔をし、次の瞬間ぷっと吹き出した。
「……はっ。馬鹿正直な奴らだ」
◇ ◇ ◇
結局その木箱はエレノア様が魔法で安全にサンクチュアリの中へと運び込んだ。
中を開けてみて私たちはさらに驚くことになった。
「まあ、これは……カカオ豆ですね。とても上質な」
「こっちの香辛料も見たことがないくらい良い品だぜ。いったいどこでこんなもんを……」
木箱の中には私の知らない世界中の珍しい食材が、ぎっしりと詰められていたのだ。
そしてあの走り書きの手紙。
『リリア様へ。先日のシチューは最高だった……』
手紙を読んで私はようやく全てを理解した。
あの傭兵団のヴォルフさんからの贈り物だったのだ。
律儀にお礼をしに来てくれた、というわけか。
「ふふっ」
思わず笑みがこぼれた。
あの強面で恐ろしそうだった人たちの不器用な優しさが、なんだかとても愛おしく思えた。
「……しょうがねえ奴らだな。よし、リリアちゃん」
エレノア様が私の肩をぽんと叩いた。
「せっかくの貰いもんだ。こいつらでとびきり美味いもんを作って、あいつらの心意気に応えてやろうじゃねえか」
「はい!」
私は力強く頷いた。
腕が鳴る。
特に私の目を引いたのは袋にぎっしりと詰まったカカオ豆だった。
これだけあればずっと作ってみたかった、あの濃厚なチョコレートケーキが作れる。
その日の午後。
私のキッチンは甘くほろ苦いチョコレートの香りで満たされていた。
心を込めて焼き上げたチョコレートケーキ。
飾り付けにはヴォルフさんたちがくれた七色のドライフルーツを乗せてみた。
「うおお……! なんだこの濃厚な味わいは! ほろ苦くてそれでいて甘い……! こんな美味いもん、食ったことねえぞ!」
「ええ、本当に。口の中でとろけるようです。このドライフルーツの酸味がまた、良いアクセントになっていますね」
エレノア様もフィオナさんも目を輝かせてケーキを頬張っている。
その笑顔を見て私も心からの幸福を感じていた。
遠いどこかでこのケーキを贈ってくれた人たちも、笑っていてくれるといいな。
顔も名前もほとんど知らない奇妙な繋がり。
でもそれも悪くないかもしれない。
私は自分の分のケーキを一口、口に運んだ。
優しい甘さが口いっぱいに、そして胸いっぱいに広がっていった。




