第14話 パイ包みスープの約束
お騒がせな傭兵団が去ってから、サンクチュアリにはまたいつもの平和な時間が戻ってきた。
私はあの後、空になった大鍋を綺麗に洗いながら一つのことを考えていた。
それは傭兵団のことではない。もちろん王国のことでもない。
もっと重要で切実な問題。
――今夜の夕食、どうしようかしら。
「リリアちゃん、お疲れさん。腹、減ったろ?」
コテージに戻るとエレノア様がテーブルで手持ち無沙汰に待っていた。
その隣ではフィオナさんが聖獣たちに今日の出来事を優しく語り聞かせている。
「はい、お待たせしました。今、準備しますね」
私はエプロンを締め直すとキッチンに立った。
さて、何を作ろうか。
あのシチューは傭兵さんたちに全部食べられてしまった。
でも材料はまだ残っている。
猪肉、野菜、そして私が昨日焼いたとっておきのパイ生地。
(……そうだわ)
私の頭にまた新しいレシピがひらめいた。
あのシチューをパイ生地で包んでオーブンで焼き上げてみてはどうだろうか。
そうすればパイを崩した時に、中から熱々のシチューがとろりと出てきて二度楽しめるはずだ。
きっと美味しいに違いない。
「エレノア様、フィオナさん。今夜はパイ包みスープに挑戦してみようと思うのですが、いかがですか?」
「パイ包みスープだと?」
エレノア様が初めて聞く料理名に目を輝かせた。
「なんだそりゃ、美味いのか?」
「はい、きっと。パイのサクサクとした食感と中の濃厚なシチューが、きっとよく合うと思います」
「いいじゃないか、それ! やってくれ、リリアちゃん!」
リクエストを貰えば俄然やる気が出てくる。
私は早速調理に取り掛かった。
残っていた猪肉と野菜でシチューをもう一度煮込み直す。今度は少しだけハーブを多めに入れて香り高く仕上げてみた。
そして一人前用の器にシチューを注ぎ、その上から丸く伸ばしたパイ生地で丁寧に蓋をしていく。
最後に卵黄を塗ってオーブンで焼き上げれば完成だ。
◇ ◇ ◇
やがてキッチンから香ばしい匂いが漂い始める。
オーブンから取り出したこんがりと狐色に焼きあがったパイ包みスープ。
それは我ながら完璧な出来栄えだった。
「おお……! これがパイ包みスープか!」
テーブルに並べられた三人分のパイ包みスープを見て、エレノア様が感嘆の声を上げた。
彼女はスプーンでわくわくしながらパイの蓋を崩していく。
サクッ、という心地よい音と共に中から湯気の立つ熱々のシチューが姿を現した。
「う、うおお……! うまい! なんだこの天国のような食べ物は!」
エレノア様は夢中でパイとシチューを口に運んでいる。
その食べっぷりは見ていて気持ちがいい。
「まあ、本当に美味しいです。パイの香ばしさがシチューの味をさらに引き立てていますね」
フィオナさんも、うっとりとした表情でスープを味わっていた。
二人のその笑顔を見ているだけで、私の心は幸せで満たされていく。
そうだ。これこそが私の居場所。
私が守りたかった大切な日常。
一件落着のお祝いに、今夜は少しだけ特別な夕食となった。
傭兵団のことはもうすっかり頭から抜け落ちている。
私は自分の作ったパイ包みスープを一口食べながら、
(よかった。大成功だわ)
と満足げに微笑んだ。
サンクチュアリの平和な夜はこうして更けていく。
私の世界は少しずつ色々な人を巻き込みながら広がっているらしい。
でもその中心にあるのは、いつだってこの温かい食卓と大切な人たちの笑顔なのだ。
それさえあれば私はきっと、どこまでも歩いていける。




