第13話 知らぬ間のコネクション
嵐のように現れ、そして嵐のように去っていった【鉄の爪】傭兵団。
彼らが完全に森の景色に溶け込み見えなくなった後には、空っぽになった巨大な鍋と、呆然と立ち尽くす私だけが残されていた。
(……なんだったんだろう、今の……)
私はまだ目の前で起きた出来事が、うまく整理できずにいた。
ただお腹を空かせた人たちにシチューを振る舞っただけ。
それなのに彼らはなぜか涙を流して感動し、土下座をし、挙句の果てには一方的な忠誠まで誓って去っていった。
私には彼らの行動が何一つ理解できなかった。
「……ぷっ。あはははは!」
私の背後でこらえきれなくなったように、エレノア様の豪快な笑い声が響き渡った。
「いやあ傑作だな! あの裏社会でしぶとく生き残ってる【鉄の爪】が、あんたのシチュー一杯で子猫みたいに大人しくなっちまうとは!」
彼女はお腹を抱えて涙を流しながら笑っている。
「エレノア様、【鉄の爪】をご存じなのですか?」
「おうよ。名前が変わってなけりゃ、だがな」
彼女は面白そうに目を細めた。
「あの傭兵団はあたしが現役だった頃からある、代替わり制の古い組織だ。団長が変わっても『鉄の爪』の名と金への汚さは、百年経っても変わらんらしい」
「百年も前から……」
「ああ。あたしがこのサンクチュアリを作ったばかりの頃にも当時の団長が、金目の物でもあると思ったのかちょっかいをかけてきやがってな。まあその度に半殺しにして追い返してやったがな」
さらりととんでもないことを言う。
どうやらエレノア様と【鉄の爪】という組織の間には、世代を超えた浅からぬ因縁があったらしい。
フィオナさんもくすくすと楽しそうに笑っている。
「ええ。リリアはまた無自覚に人の心を掴んでしまいましたね。それも、とびきり因縁の深い方たちの心を」
「本当に大したもんだぜ、三代目は」
二人にそう言われても私にはいまいちピンとこなかった。
私はただ目の前の人たちを助けたいと思っただけ。
そこに計算も駆け引きも、何もなかったのだから。
「でも、よかった」
私は空になった鍋を見つめながらぽつりと呟いた。
「皆さん、元気になってくれたみたいで」
私のそのどこか見当違いな感想に、エレノア様とフィオナさんは顔を見合わせた。
そしてまた楽しそうに笑い出す。
「……はぁ。本当にあんたは大物だよ、リリアちゃん」
エレノア様は笑い涙を拭うと、私の頭をわしわしと撫でた。
「まあいい。あんたが、あんたのやり方でサンクチュアリの平和を守ったんだ。結果オーライだ。胸を張りな」
「はい」
私は自分が意図せずして裏社会に、極めて強力なコネクションを作ってしまったことにまだ気づいていなかった。
いつかその繋がりが思わぬ形で私を助けてくれることになるということを、知る由もなかった。
私はただ空になった大きな鍋を片付けながら、
(よかった。シチュー、お口に合ったみたい。今度はもっとたくさん作ってあげよう)
などと考えていたのだった。




