第11話 奇妙な契約
目の前で屈強な傭兵たちが、ずらりと土下座をしている。
正直どうしていいのかさっぱりわからなかった。
私はただ、お腹を空かせている人たちにご飯をあげただけだというのに。
「あ、あの……! 本当に顔を上げてください! 皆さんがそんなことをする必要は何もありませんから!」
私がわたわたと慌てていると。
私の背後からすっと二つの影が現れた。
エレノア様とフィオナさんだった。
いつの間に来ていたのだろうか。
「……なるほどな。話は、大体見えた」
エレノア様は腕を組み、目の前の異様な光景を値踏みするように見下ろしている。
その声にはいつもの快活さはなく、絶対零度の冷たさが宿っていた。
「あんたたち、王国の犬だな。リリアちゃんを攫いに来たと見える」
その言葉に傭兵団の長である、ヴォルフと名乗った男の肩がびくりと震えた。
彼は顔を上げられないまま、か細い声で答える。
「……面目次第もございません」
「ふん。まああんたたちを雇った馬鹿な依頼主がいるんだろうが……」
エレノア様はそこで言葉を切った。
そしてにやりと恐ろしい笑みを浮かべる。
「――いっそのこと、その依頼主ごとあんたたち全員、ここで消し炭にしてやろうか?」
ひっと誰かが息を呑む音がした。
エレノア様の身体から冗談では済まされないほどの膨大な魔力が、殺気となって放たれる。
空気そのものが凍り付くようだった。
「ま、待ってください、エレノア様!」
私は慌てて彼女の前に割って入った。
「この人たちはもう戦う意思はないようですから……!」
「甘いな、リリアちゃん。こいつらは金で動くハイエナだ。見逃せばまた同じことを繰り返すぞ」
確かにそうかもしれない。
けれど私にはどうしてもこの人たちが、ただの悪人には見えなかった。
一杯のシチューに涙を流すような人たちが、根っからの悪であるはずがない。
私は土下座をしているヴォルフさんに向き直った。
「ヴォルフさん。一つだけ約束していただけませんか」
「……なんでしょうか、聖女様」
「もう二度とこのサンクチュアリに近づかないと。そして私たちのことを誰にも口外しないと。……そう、誓ってくださいますか」
私の言葉にヴォルフさんはゆっくりと顔を上げた。
その瞳には深い、深い感謝と、そして畏敬の念が浮かんでいる。
「……ああ。誓う。命の恩人であるあんたとの約束は、決して破らねえ」
彼はそう言うと自分の胸を、拳で強く叩いた。
「俺たち【鉄の爪】は今日限りで、あんたの、いや聖女様の影の兵隊だ。金なんかいらねえ。もしあんたの身に何かあったら、この命に代えても必ず駆けつける」
「えっ?」
なんだか話がおかしな方向に進んでいる気がする。
私はただ見逃して欲しかっただけなのだが。
「聖女様、どうかお名前をお聞かせ願えやせんか」
「え、ええと……リリア、です」
「リリア様、だな。覚えた。……よし、お前ら撤収だ! リリア様との約束を違える奴は、この俺が直々に首を刎ねる! いいな!」
「「「おう!!」」」
ヴォルフさんの号令一下、【鉄の爪】の傭兵たちは驚くほど統率の取れた動きで立ち上がった。
そして全員が私に向かって、騎士よりも丁寧な最敬礼をしていく。
嵐のように現れ、そして嵐のように彼らは去っていった。
後には空っぽになった大鍋と、呆然と立ち尽くす私だけが残された。
「……なんだか、すごいことになっちゃったな、リリアちゃん」
エレノア様が呆れたようにぽつりと呟く。
「ええ。リリアはまた無自覚に人の心を掴んでしまいましたね」
フィオナさんがくすくすと楽しそうに笑っている。
私は自分が意図せずして裏社会に強力なコネクションを作ってしまったことに、まだ気づいていなかった。
ただ空になった鍋を見つめながら、
(よかった。皆さん、元気になってくれたみたい)
などと、どこか見当違いな感想を抱いていたのだった。