第7話 鉄壁の結界(ヴォルフ視点)
暫く他視点が続きます。
外から見て、聖女たちがどれくらいヤバイ存在なのかわかりやすくするためなのでよろしくお願いします。
俺たち【鉄の爪】は目の前で揺らめく不可視の壁を前に、仁王立ちになっていた。
なるほど確かに、強力な魔力が渦巻いているのがわかる。
だがどんな壁だろうと壊せなければ仕事は始まらない。
「お前ら、準備はいいな」
俺の言葉に部下たちが、おう、と雄叫びを上げた。
「まずは力試しだ。一番腕っぷしのいいやつ、前に出ろ」
俺の指名で一人の大男が進み出た。
熊をも一撃で屠るという自慢の剛腕を持つ男だ。
彼は巨大な戦斧を振り上げると、結界に向かって渾身の一撃を叩きつけた。
ゴウン、という鈍い音が響く。
だが結界はびくともしない。
それどころか戦斧を振り下ろした男の方が、衝撃で腕を痺れさせていた。
「なっ……硬え……!?」
ほう。物理攻撃は全く通じないか。
まあ予想通りだ。
「次、魔法使い部隊、前に出ろ。最大火力で一点集中攻撃だ」
我が傭兵団が誇る五人の魔法使いたちが詠唱を開始する。
炎、氷、雷。それぞれの属性の魔法が一つの大きな渦となり、結界の一点に向かって放たれた。
森の木々を薙ぎ倒すほどの凄まじい威力だ。
だが。
結界はその莫大な魔力を、まるで柳が風を受け流すようにするりと逸らしてしまった。
放たれた魔法は結界の表面を滑り、明後日の方向へと飛んでいく。
結果、近くの岩山が派手な音を立てて崩れ落ちた。
「……おいおい、マジかよ」
部下の一人が呆然と呟く。
物理攻撃も魔法攻撃も全く通用しない。
なんだこの壁は。城壁よりもよっぽど厄介だぞ。
◇ ◇ ◇
俺たちはその後もあらゆる手段を試した。
結界を破壊するための古代魔法が刻まれた破城槌。
魔力を中和するという高価な錬金術の薬。
だがどれも全くの無意味だった。
結界は揺らめくばかりで傷一つついていない。
日が傾き始め、森はさらに深い闇に包まれようとしていた。
部下たちの間にも焦りと得体の知れないものへの恐怖が、広がり始めている。
「団長、どうしますかい。こいつは俺たちの手に負える代物じゃねえかもしれやせん」
副長のハンスが不安そうな顔で俺に言った。
弱気な発言だ。だが今の状況では無理もない。
(……ちっ。どうなってやがる)
俺は苛立ちを隠せずに舌打ちした。
依頼主の大公は言っていた。「相手はただの村娘だ」と。
嘘八百にもほどがある。
こんな国家レベル、いやそれ以上の結界を張れる人間が「ただの村娘」であるはずがない。
完全にハメられたか。
だがプロとしてこのまま引き下がるわけにはいかない。
俺たち【鉄の爪】の名が廃る。
「……手当たり次第に攻撃を続けろ。どんな結界だろうと無限の魔力で維持されてるわけじゃねえ。いつか必ず綻びが生まれるはずだ」
俺はそう檄を飛ばした。
半ばヤケクソだったかもしれない。
だが今はそれしか思いつかなかった。
その時だった。
俺たちが再び攻撃を開始しようとした、その瞬間。
「……やれやれ。いつまでも家の前で騒がれちゃぁ困るんだよ」
どこからともなく女の声が聞こえてきた。
いや、直接耳で聞いたわけじゃない。
頭の中に直接響いてくるような、不思議な声だった。
「うるさいハエどもには、少しお仕置きが必要だな」
その声が聞こえたのを最後に、俺たちの周りの景色がぐにゃりと歪んだ。
「う、うわっ!?」
「なんだ、こりゃあ!?」
部下たちの悲鳴が上がる。
気がつくと俺たちはさっきまでいたはずの、結界の前ではなかった。
見渡す限り同じような木々が延々と続く、ただの森の中だ。
「おい、どうなってやがる! 結界はどこへ消えたんだ!?」
「方角がわからねえ!」
混乱が伝染していく。
俺はすぐにこれが強力な幻術の類であることに気づいた。
まずい。
完全に相手の術中にハマってしまった。
俺の背中を今まで感じたことのない、冷たい汗がつうっと流れ落ちていく。
どうやら俺たちは、とんでもない化け物の縄張りに足を踏み入れてしまったらしい。
今日はあと2話更新します。




