第6話 進軍、嘆きの森(ヴォルフ視点)
ホルストとかいう、いかにも胡散臭い大公との契約から三日後。
俺たち【鉄の爪】傭兵団は総勢五十名で、目的の【嘆きの森】の入り口に立っていた。
なるほど、噂に違わぬ陰気で邪気に満ちた森だ。
「団長。本当にこんな森の奥に、村娘が一人で住んでるんでしょうか」
副長のハンスが訝しげに呟く。
「さあな。だが金は受け取った。仕事はこなすだけだ」
俺はそう吐き捨てると愛用の大剣を肩に担ぎ、一歩、森の中へと足を踏み入れた。
仕事の内容は簡単だ。
森の奥に住む「奇跡の力を持つ娘」を生け捕りにする。
報酬は破格。
相手はただの村娘。
正直、骨のない仕事だと思っていた。
森に入ってすぐゴブリンの群れが、けたたましい奇声を上げて襲いかかってきた。
「雑魚はさっさと片付けろ!」
俺の号令一下、手下の連中が慣れた手つきで魔物を蹴散らしていく。
【鉄の爪】はただの荒くれ者の集まりじゃない。一人一人が一騎当千の腕を持つ、戦いのプロフェッショナル集団だ。
この程度の魔物は俺たちのウォーミングアップにもなりゃしない。
◇ ◇ ◇
大公から渡された粗末な地図を頼りに、俺たちは森の奥深くへと進んでいく。
道中、何度かオークや巨大な狼といった厄介な魔物にも遭遇したが、どれも俺たちの敵ではなかった。
だが進めば進むほど、俺の胸の中にはある種の違和感が膨らんでいった。
(……おかしい)
この森の魔物は確かに強い。
だがそれだけだ。ただ凶暴なだけ。
とはいえこれほどの魔物が跋扈する環境で、ただの村娘が一人で生き延びられるとは到底思えない。
それにあの偵察兵の話では、目的の場所には強力な結界が張られているという。
村娘一人を守るために、一体誰がそんな大掛かりな魔法を使うというのか。
「団長、見えましたぜ。あれじゃねえですかい」
部下の一人が前方を指さした。
見ると木々が開けた先に、空間が陽炎のように揺らめいている場所がある。
どうやらあれが噂の結界らしい。
俺たちは慎重にその結界へと近づいていった。
確かに強力な魔力が込められているのが肌でわかる。
並の魔法使いでは掠り傷一つつけられないだろう。
「……やはり、何かあるな」
俺はごくりと喉を鳴らした。
依頼主の大公は言っていた。「相手はただの村娘だ」と。
だがこれはどうだ。
この結界の向こうにいるのは本当に、ただの小娘なのか?
長年の傭兵稼業で培った俺の勘が、警鐘を鳴らしていた。
この仕事はヤバい。
とんでもなくヤバい匂いがする。
「……ハンス。全員に伝えろ。気を引き締めろ、と。相手は俺たちが想像しているような可愛いウサギちゃんじゃねえかもしれん」
「へい、団長」
俺は背中の大剣をゆっくりと抜き放った。
刃に薄暗い森の光が鈍く反射する。
どんな相手が出てこようが関係ない。
俺たちはプロだ。
金を受け取った以上、依頼は必ずやり遂げる。
それが【鉄の爪】の流儀だ。
「さて、と。まずはこの邪魔な壁を、ぶち壊すところから始めるか」
俺は結界を睨みつけ、不敵な笑みを浮かべた。
まだこの時の俺は、自分たちがこれから対峙することになる相手の「本当の恐ろしさ」を、全く理解していなかった。
俺たちがこれから文字通り、赤子の手をひねるように弄ばれることになるということを。
そして生涯忘れられないほどの恐怖と……そして、一杯のシチューを味わうことになるということを。
まだ知る由もなかったのだ。