第2話 先代たちの休日
「リリアちゃん、ちょっと付き合え」
安らぎカモミールのクッキーがサンクチュアリの住人たちの間で「究極の安眠グッズ」として定着した、ある日のこと。
エレノア様が私のコテージにやってくるなり、私の腕をぐいと掴んだ。
「え、エレノア様? どちらへ?」
「決まってるだろ。たまには体を動かさないと、なまっちまうからな。修行に付き合え」
修行。
その、私とは最も縁遠い言葉に私は思わず目をぱちくりさせた。
◇ ◇ ◇
エレノア様に連れてこられたのは、サンクチュアリの東の果てにある巨大な滝だった。
何十メートルもの高さから轟音と共に水が叩きつけられている。水しぶきが霧のようになり虹がかかっていた。
絶景ではあるけれど。
「さあリリアちゃん。修行の第一歩は、まずこの滝に打たれることだ」
「ええっ!?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げた。
滝行。確かに修行のイメージそのものではあるけれど。
あんな激流に打たれたら、私など一瞬で骨が砕けてしまうだろう。
私の顔が青ざめているのに気づいたのか、エレノア様はからからと大声で笑った。
「冗談だ、冗談。あんたは見てるだけでいい。あたしがやるんだよ」
「な、なんだ……。よかったです」
私はほっと胸をなでおろした。
エレノア様は服を脱ぐと、あっという間に水着のような軽装になる。
そして準備運動もそこそこに、巨大な滝壺へと躊躇なく足を踏み入れた。
彼女は滝の中心部へと歩いていく。
凄まじい水圧が彼女の身体に叩きつけられているはずなのに、その足取りは微塵も揺るがない。
それどころか彼女は滝の真下で仁王立ちになると、気持ちよさそうに天を仰いだ。
「くぅーっ! 効くぜ、この水圧が! 肩こりにも最高だな!」
……どうやら彼女にとってこれは修行というよりも、マッサージか何かのようなものらしい。
規格外にも程がある。
しばらく滝に打たれて満足したのか、エレノア様は今度は水面に向かって拳を突き出した。
「はあっ!」
気合一閃。
彼女の拳が水面を叩く。
次の瞬間、滝壺の水がまるで巨大な爆発でも起きたかのように天高く吹き上がった。
水しぶきが豪雨のように私にも降りかかってくる。
「きゃっ」
私は慌てて近くの岩陰に隠れた。
水柱が収まった後、滝壺には気絶してぷかぷかと浮かぶ巨大な魚が何匹もいた。
……素手での漁、というわけか。
「よし、今夜のおかずゲットだ。リリアちゃん、この魚でムニエルは作れるか?」
エレノア様はびしょ濡れのまま獲物を片手に満面の笑みで私に問いかけてくる。
私はもう笑うしかなかった。
「はい、もちろんです。きっと美味しいムニエルになりますよ」
これが初代聖女様の休日。
あまりにも豪快で、あまりにも常識離れしている。
けれどその姿は生命力に満ち溢れていて、見ているだけで元気が出てくるようだった。
私もいつか彼女のように強くなれるだろうか。
いや、無理だな。
私は私のやり方で、この最強の聖女様を支えていこう。
まずはとびきり美味しいタルタルソースを作らなくては。
私はエレノア様が担いできた巨大魚を見上げながら、心にそう誓った。
この楽園での毎日は本当に飽きることがない。




