第21話 聖女様の午後は新作ケーキのことで頭がいっぱい
第一部最終話です。
クラウス様が大きなバスケットを抱えてサンクチュアリを去っていった。
彼の背中が見えなくなるまで見送ると、私はふぅ、と一つ大きな息を吐いた。
これで、本当に全てが終わったのだ。
私の過去とあの国との繋がりは、今、完全に断ち切られた。
(さて、と)
振り返るとそこには私の愛しい日常が広がっている。
隣には最強で最高に頼りになる先達たちが、いつもと変わらない様子で立っていた。
「終わったな、リリアちゃん」
エレノア様が私の頭をぽんと軽く叩いた。
「ずいぶんと甘っちょろい落とし前だったが……まあ、あんたらしい決着のつけ方だ。あたしは気に入ったぞ」
「はい。見事でしたよ、リリア」
フィオナさんも優しい微笑みを浮かべている。
二人の言葉に私の胸は温かいもので満たされていく。
私がこんな風に自分の意志を貫けたのも、全てこの二人のおかげなのだ。
「ありがとうございます、エレノア様、フィオナ様。……なんだか、お腹が空いてしまいました」
昨夜徹夜したせいだろうか。
大きな仕事を終えた安堵感もあって、急に空腹を覚えた。
私のその言葉に、エレノア様は待ってましたとばかりににやりと笑った。
「おう、あたしもだ。それに、約束があったよな?」
「約束、ですか?」
「忘れたとは言わせんぞ。『猪肉のパイに挑戦してみませんか?』と言ったのはどこのどいつだ?」
ああ、そういえばそんなことを言ったような気がする。
エレノア様はよほど楽しみにしていたらしい。
私は可笑しくなってくすりと笑った。
「ふふ、覚えていてくださったのですね。ええ、もちろんです。腕によりをかけて作らせていただきますね」
「やったな! よーしフィオナ、最高の赤ワインを用意しろ! 今日は宴会だ!」
「はいはい。全く、エレノアは食い意地が張っているのですから」
フィオナさんは呆れたように言いながらも、その口元は楽しそうに弧を描いていた。
◇ ◇ ◇
その日の午後。
アステリア王国の王宮が前代未聞の奇跡に震撼し、自分たちの犯した過ちの大きさに打ちひしがれていた、ちょうどその頃。
サンクチュアリの私のコテージでは、陽気な音楽と楽しそうな笑い声が響いていた。
テーブルの中央にはこんがりと焼きあがった巨大な猪肉のパイ。
私の【祝福製菓】の力を込めた特製のパイ生地は、サクサクとした食感で中のジューシーな肉汁と絶妙なハーモニーを奏でている。
「うまい! リリアちゃん、あんたは天才だ!」
「まあ、美味しい……! この香辛料の使い方は素晴らしいですね」
エレノア様もフィオナさんも、夢中でパイを頬張っていた。
その周りではおこぼれを貰おうと、もふもふの神獣たちがそわそわと待機している。
私はそんな幸せな光景を眺めながら、温かいハーブティーを一口飲んだ。
王国がどうなっているかなんて、もう私の知ったことではない。
彼らは彼らの力で国を立て直していくだろう。私が与えたほんの少しの「施し」を元手にして。
私の役目はもう終わった。
今の私の役目は、この愛すべき楽園の住人たちを、私のお菓子で毎日笑顔にすること。
それだけだ。
「リリアちゃん、パイのお代わりだ!」
「はい、ただいま。フィオナさんもいかがですか?」
「ええ、いただきます。……ああ、本当に幸せな味ですね」
そうだ。
これが私の幸せの味。
もう二度と手放すことのない、私の大切な、大切な日常。
私は大きなパイを切り分けながら、心からの笑顔で言った。
「次はどんなお菓子に挑戦しましょうか。デザートには新作のケーキもご用意していますよ」
聖女様の午後はいつだって、甘くて美味しいお菓子のことで頭がいっぱいなのだ。
これにて第一部は完結です。
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