第17話 リリアの答え
エレノア様の怒りとフィオナ様の慈悲。
二人の視線を受けながら、私は自分の心の内側を静かに見つめていた。
私はどうしたいのだろうか。
王国に戻る気はもうない。それは揺るぎない事実だ。
私を捨てた人々のために再びあの息苦しい日々に戻るなど、考えただけでもぞっとする。
私の居場所はこのサンクチュアリ。それだけは決して譲れない。
だが。
クラウス様が語った王国の民の苦しむ姿が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
濁った水を飲むしかない子供たち。作物が育たない畑を前に途方に暮れる農夫たち。
彼らは私を直接裏切ったわけではない。王家や貴族の決定に、ただ従うしかなかった人々だ。
(あの人たちに罪はない……)
そう思うと胸がちくりと痛んだ。
聖女としての責務はもう放棄した。だが困っている人を見過ごせないのは、私の性分なのだろう。
王宮にいた頃の気弱な私とは違う。
今の私には最強の先達たちがいて、心安らげる家がある。そして誰かを助けることができる確かな力もある。
よし、決めた。
私は、私にできるやり方でこの問題に答えを出そう。
◇ ◇ ◇
私はゆっくりと顔を上げた。
そして床に膝をついたままのクラウス様に向かって、はっきりと告げた。
「クラウス様。先ほども申し上げた通り、私が王国へ戻ることはありません」
その言葉に彼の肩ががっくりと落ちる。
だが私は言葉を続けた。
「ですが、民の皆さんが苦しんでいるのを見過ごすこともできません」
「……リリア、様?」
クラウス様が訝しげに私を見上げる。
私は彼に向かってにっこりと微笑んでみせた。
それは同情や憐れみからではない。
今の私だからこそできる、新しい選択肢を示すための自信に満ちた笑顔だ。
「このサンクチュアリを、私のこの幸せな毎日を、手放すつもりはありません。……その上で私にできることがあるのなら、力を貸しましょう」
「……リリアちゃん?」
今度はエレノア様が意外そうな顔で私を見る。
私は彼女たちに向かっても力強く頷いてみせた。
「エレノア様、フィオナ様。わがままをお許しください。私はこの場所から、私のやり方で人を助けたいのです」
かつての私ならこんなことは言えなかっただろう。
周りの意見に流され、自分の本心を押し殺していたに違いない。
でも今は違う。
この楽園での日々が、私に自分の意志で物事を決める強さを与えてくれたのだ。
私のその答えにエレノア様は呆れたように、それでいてどこか嬉しそうにふっと息を漏らした。
「……はっ。ずいぶんと言うようになったじゃないか、三代目」
彼女は私の頭をわしわしと、少しだけ乱暴に撫でた。
「いいだろう。あんたがそう決めたんなら、あたしは止めん。好きにしな」
「ありがとうございます」
フィオナさんも優しく微笑んでいる。
「それがあなたの答えなのですね。リリアらしくて、とても素敵だと思います」
二人の許可を得て私は再びクラウス様に向き直った。
彼はまだ状況が呑み込めていない様子で、私とエレノア様たちを交互に見ている。
まあ無理もないだろう。
聖女が国に戻らずに国を救う。そんな前代未聞の提案なのだから。
私はそんな彼に、安心させるように言った。
「クラウス様。詳しいことはまた明日お話しします。今夜はお客様として、ゆっくりとお休みください」
王国へは戻らない。
でも民は見捨てない。
その二つを両立させるたった一つの方法。
私の頭の中にはすでにそのための甘い計画が出来上がりつつあった。