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第16話 エレノアの怒り

 私のきっぱりとした拒絶の言葉に、クラウス様は言葉を失っていた。

 彼の顔には「なぜ」という困惑がありありと浮かんでいる。

 無理もない。私が知る限り歴代の【聖女】は皆、国と民のためにその身を捧げてきた。追放された私怨よりも公の責務を優先するのが当然だと、彼は思っているのだろう。


 だがその沈黙を破ったのは私ではなかった。


「――当然だな」


 ずっと黙って話を聞いていたエレノア様が、低い地を這うような声で言った。

 その声には抑えきれない怒りがマグマのように煮えたぎっている。


「どの面下げてリリアに戻ってこいだと? あんたの国の連中は揃いも揃って鳥頭なのか?」


 彼女は椅子から立ち上がると、仁王立ちでクラウス様を見下ろした。

 その威圧感は先ほど聖獣たちに囲まれた時の比ではない。クラウス様の顔からさっと血の気が引いていくのがわかった。


「自分たちの都合でリリアを『偽物』だと断罪し、魔物の森に棄てておきながら、いざ自分たちが困ったら『助けてください』? ふざけるのも大概にしろ」


 一歩、また一歩とエレノア様はクラウス様に詰め寄っていく。


「リリアがどれだけ辛い思いをしたか、あんたにわかるか? どれだけ屈辱的な仕打ちを受けたか、想像したことがあるのか? ねえどうなんだ、騎士様よ」

「そ、それは……誠に申し開きのしようもございません……」


 クラウス様はエレノア様の気迫に押されたじろいだ。

 彼の額には脂汗が浮かんでいる。


 その通りなのだ。

 私はあの国に捨てられた。

 家族に、婚約者に、そして私が守るべきだったはずの民にさえ石を投げられた。

 今さらどの口が「助けて」などと言うのだろうか。

 私の気持ちを代弁してくれるかのようなエレノア様の言葉に、私は胸がすく思いだった。

 同時に彼女もまた百年前、同じような理不尽を経験したのだという事実が胸に迫る。


「第一、あんたは大きな勘違いをしている」


 エレノア様はクラウス様の目の前でぴたりと足を止めた。


「リリアを連れ戻せば国が元通りになると思っているようだが……甘いな」

「……と、おっしゃいますと?」

「あたしやフィオナがそうだったようにな、一度追放された聖女が二度と故郷の土を踏むことはない。そして故郷のために祈ることももうない。聖女の祝福とはそういうものだ。心から愛する場所にしか力は届かん」


 エレノア様はきっぱりと言い切った。

 つまり、仮に私が王国へ戻ったとしても、もう国を癒やすことはできないということか。


「そ、そんな……」


 クラウス様は絶望に顔を歪ませた。

 彼にとってそれは最後の希望が断たれたに等しい宣告だったのだろう。


「自業自得だ。自分たちで蒔いた種は自分たちで刈り取るんだな」


 エレノア様は冷たくそう言い放つと、興味を失ったようにクラウス様から背を向けた。


「リリア、フィオナ。茶会は終わりだ。こいつは叩き出す」

「お待ちください、エレノア」


 それを止めたのは今まで黙っていたフィオナさんだった。

 彼女は静かに立ち上がると、絶望に打ちひしがれるクラウス様の前にそっとしゃがみこんだ。


「彼の言っていることもまた真実。民に罪はありません」


 その声はどこまでも穏やかで、そして慈愛に満ちていた。


「……リリア。あなたの本当の気持ちを聞かせてもらえませんか」


 フィオナさんは私に問いかける。

 エレノア様が私の「怒り」を代弁してくれた。

 そしてフィオナさんが私の「良心」に語り掛けてくる。

 二人の視線が私に集まる。

 そうだ。これは他の誰でもない、私の問題なのだ。

 私はどうしたいのか。

 私は静かに自分の心と向き合い始めた。

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― 新着の感想 ―
主人公ってエレノアのことさん付けで呼んでるんじゃなかったっけ? いや〜民衆も腐った野菜とか投げつけて罵倒してきたし同罪でしょ。助ける価値ないわ。侍女だけ助け出せばいいよ。
>民に罪はありません」 腐った野菜を投げてきたことについては無罪?
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