第11話 探索命令
私がサンクチュアリで涙を流し過去と決別を誓っていた頃。
アステリア王国の王宮では、一つの命令が下されようとしていた。
「――クラウスよ。本当に、行くのだな」
玉座の間。国王アルフレッドは目の前で片膝をつく若き騎士に、最後の確認をするように問いかけた。
その声には威厳よりも疲労の色が濃くにじんでいる。
「はっ。我が決意、揺らぐことはございません」
クラウスは迷いのない声で即答した。
彼のその真っ直ぐな瞳を見て、国王は深く息を吐く。
このひと月で国の状況は悪化の一途を辿っていた。痩せた大地からはまともな作物が育たない。濁った水は民の気力さえも奪っていく。
そして追い打ちをかけるように【太陽の宝珠】の亀裂は、今や誰の目にも明らかなほど広がっていた。
もはや原因がリリアの追放にあることを認めざるを得ない。
だが今さらそれを公にすれば王家の威信は地に堕ちるだろう。民衆の支持を失い、国は内側から崩壊しかねない。
進むも地獄、退くも地獄。
八方塞がりの状況下で唯一の希望が、目の前の騎士クラウスの進言だった。
「……リリアが生きていると申すか」
「可能性はございます。リリア様は我々が思うよりもずっと、強かな御方やもしれません」
クラウスの言葉には強い確信が宿っていた。
国王はその確信に賭けてみることにしたのだ。いや、もはやそれに賭けるしか道は残されていなかった。
◇ ◇ ◇
玉座の間にはアルフォンス王子と聖女ミレーナも同席していた。
アルフォンスは苦虫を噛み潰したような顔で、クラウスと父王のやり取りを黙って聞いている。
自分の側近が、自分が追放した女を探しに行く。それは彼の判断が間違っていたと公に認めさせられるようなものだ。プライドの高い彼にとって屈辱以外の何物でもない。
だが彼にもわかっていた。
クラウスの言う通り、リリアを連れ戻す以外にこの国を救う術はないのかもしれない、と。
そのジレンマが彼の表情を硬くさせていた。
一方のミレーナはただ青い顔で俯いている。
彼女の耳にはもう何も入っていなかった。
(お姉様が、生きている……? そしてこの国に連れ戻される……?)
そうなればどうなる?
自分の嘘は全て暴かれ、偽りの聖女として断罪されるのは今度は自分の番だ。
その恐怖が彼女の思考を麻痺させていた。
国王はそんな二人の様子には気づかぬふりをし、威厳を取り繕ってクラウスに命じた。
「よかろう。近衛騎士クラウスに命ずる。北の【嘆きの森】へ赴き、活発化する魔物の調査、および周辺地域の安全確保に努めよ」
それは表向きの命令。
「そして……万が一、生存者を発見した場合はこれを保護し、速やかに王宮へ帰還せよ。よいな」
これこそが真の王命。
「はっ。必ずや陛下の御期待に応えてみせます」
クラウスは力強く応えると深く一礼し、玉座の間を退出していった。
彼の背中が扉の向こうに消えるのを、三人は三者三様の想いで見送る。
一人は国の未来を託す、祈るような想いで。
一人は屈辱と一縷の望みが入り混じる、複雑な想いで。
そしてもう一人は、己の破滅を予感させる絶望的な想いで。
王国の運命は一人の騎士の双肩に託された。
彼が向かう先がただの魔物の森ではなく、常識が一切通用しない「聖女の楽園」であることなど、この時はまだ誰も知らなかった。
王国に残されたわずかな希望。
それがやがて途方もない絶望の引き金になることを、彼らはまだ知らない。




