王都からの視察官
それはある晴れた午後のことだった。
「ふむ……ここが、噂の『辺境郵便所』か」
一人の男が、村に降り立った。
背筋の伸びたスーツ風の礼装、鋭い眼光、きっちり巻かれたネクタイ(のようなマフラー)
その名は――シリル・グランフォード。
王都行政局・郵政監査室のエリート官僚である。
「辺境で妙な郵便活動が盛んらしい……との報告があり、確認に参ったが」
彼が見たのは、元倉庫だったと思しき建物。
看板には「ソリオ村 郵便所」と、やたら可愛いフォントで書かれている。
入り口では、元盗賊のトゴロ隊長が荷物を担いで叫んでいた。
「おーい、恋文4通に果物便ひとつ、それと鍛冶屋に謎の包み届けてくれってよォ!」
「ハイハイ了解、特急配達で行くねー」
応じたのは、カズト。いつもの軽装、片手にマップ、足取りはゆるやか。
シリルはそっとため息をついた。
「……これは、王国郵政法における完全なる逸脱であるな」
「で、あんたが視察官?」
郵便所の奥、応接用に使っている丸テーブルにて、カズトは紅茶を出しながら言った。
「ええ。王都より派遣されました、シリル・グランフォードと申します」
彼はスッと礼をしつつ、手元の書類に目を落とす。
「こちら、村で独自に導入されている手紙の日の記録、そして、代筆サービスに空飛ぶ配達トカゲ……正直、どこから突っ込めばよいか迷いますね」
「突っ込まないで。村のみんな、わりと真面目に楽しんでやってるからさ」
「ですがこれは、郵政法第十四条の……」
「でもさ、手紙って気持ちを届けるものでしょ?」
カズトはゆったりとお茶を啜った。
「だったら、それぞれに合ったやり方があってもいいんじゃないかな。気持ちが届くなら、手段は一つじゃないよ」
その後も視察は続いた。
トゴロ隊長による筋肉仕分け講座(?)、
リゼによる「鍛冶屋でも封筒くらい作れる!」という実演、
ドラルドによる空から届く週刊ドラゴン通信の披露、
そして、トシおばあさんの名言が炸裂した。
「気持ちはな、封筒よりも強いもんじゃよ」
村人たちはみんな、どこか誇らしげだった。
数日後。王都に帰ったシリルは、報告書を提出していた。
「……というわけで、違反多数、手続き不足、非標準運用……」
上司が眉をひそめる。
「だが」
シリルは言った。
「あの村には、手紙の力が確かに生きておりました。
そこに在るのは制度ではなく、思いと信頼の連鎖です」
「……ふむ」
その報告書は回覧され、やがて王都の王女の目にも届いたという。
彼女がぽつりと呟いた。
「素敵な村ね。いつか、行ってみたいわ」
数日後のソリオ村。
トゴロ「カズトォォォ! 郵便局、新聞に載ってるぞぉぉぉ!」
カズト「え、マジで? ほのぼの通信とかじゃなくて?」
トゴロ「王都郵政ジャーナルの一面だァァァ!」
新聞の見出しにはこうあった。
『辺境の奇跡――人と心をつなぐ、ソリオ式郵便制度』
カズトは笑いながら、紅茶を啜った。
「まあ……別に変なことしてるつもりはないんだけどね」
リゼがそばでそっと言った。
「でも、なんか……あんたのやり方って、不思議と人を動かすよね」
その言葉に、少しだけ頬が熱くなるのを、カズトは感じた。
「ま、時間通りに届けば、だいたいのことはうまくいくからね」
空は青く、村は穏やか。
郵便所の鈴が、今日も優しく鳴り響いていた。
⚫︎ 郵便局日報(抜粋)
・王都視察、無事終了!(※いろいろあった)
・村の郵便制度、公式に「モデルケース」に!
・リゼがこっそり「カズトってすごいね」と言っていた(※トゴロ談)