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恋と配達のすれ違い便

「あんた、最近ちょっと雑じゃない?」


朝の郵便所で、リゼが唐突に言い放った。


「えっ、何が?」


「この前の代筆、封筒の向きが逆だったの。相手、開けるときにびりびりになったってクレーム来たわよ」


「そ、そんな……!ごめん、最近ちょっと配達依頼が多くて、注意力が……」


「……ふーん。まあいいけど」


言葉とは裏腹に、リゼの表情はどこかもやもやしていた。


彼女の手には、書きかけの手紙が握られている。

それは、カズトに宛てた――けれど、まだ出せていない手紙だった。




配達人としてのカズトは、日に日に忙しくなっていた。


「ドラゴンの里に行ってきます!」

「火山地帯、今週3回目です!」

「魔王からの陶芸便、割れ物注意で!」


と、ほとんど村にいない日も増えてきた。


リゼは、毎日のように郵便所の窓から外を見ては、ふとつぶやく。


「……今日は帰ってくるのかしら」


気づけば、彼女の胸の奥に巣食うモヤモヤは、日に日に大きくなっていた。




そんな様子を見かねたのが、村のご長寿連中だった。


トシばあさん、農夫のジンじい、魚屋のミーナ婆。

通称、ソリオ村・勝手に恋愛応援隊。


「若いってのは、もどかしいもんじゃのう」


「行け、告白しろ! ……って言っても、今の子たちは素直じゃねぇからなあ」


「よし、作戦立てよう。題して――」


ジンじいがどや顔で叫んだ。


「『恋の郵便大作戦』じゃあ!」




作戦決行は、次の「手紙の日」。


リゼにこっそり匿名便を出させ、カズト宛に好きですの手紙を送るというもの。

差出人を伏せておけば、照れずに書けるという魂胆だった。


「これでアイツ、やっと気づくじゃろ……ぐふふ」


が、しかし。


「――あ、ごめんこれ、配達先間違ってた!」


カズトがその手紙を誤って、ドラルド=ドラゴニクス三世に届けてしまった。




「ん? 好きです? ふむ、これは……告白文?」


「ち、違いますドラルドさん、それ返してください!!」


「いやしかし、文体といい字体といい、これはリゼ殿……いや、気のせいか」


その後、大慌てで手紙を回収しに行くリゼ。

恥ずかしさで耳まで真っ赤だった。


「な、なんであいつ……どこまでもタイミング悪いのよっ……!」




日が沈んだ頃。

ようやく村に帰ってきたカズトが、郵便所の灯りにふと足を止めた。


中では、リゼが机に突っ伏していた。

書き直された、何枚もの手紙が、くしゃくしゃに丸められて散らばっている。


そっと近づいて、声をかけた。


「……無理してない? 最近、ちょっと無理してる顔、してる気がする。」


「……うるさい。あんたに言われたくない」


「そっか。でもさ、俺――」


ふと、ポケットの中から、小さな便箋を取り出す。


「これ、手紙の日に、誰かから届いてたんだ。名前、書いてなかったけど。」


それは、リゼが出そうとしてやめた、例の好きですの手紙だった。


「あ……え……あんた、読んだの?」


「ううん、まだ。なんとなく、開けちゃいけない気がして」


「っ……!」


リゼの目に、涙が滲む。


「バカ……!」


次の瞬間、彼女は思いきってカズトの胸元を掴んだ。


「じゃあもう、言うわ。これ、わたし。わたしが書いたの! ……好きなのよ、あんたが!」


風が、静かに郵便所のカーテンを揺らした。


カズトは一瞬、目を見開き、それから――


「……うん。ありがとう」


そう言って、リゼの手を優しく取った。


「時間通りじゃなかったけど、ちゃんと届いたよ」




翌朝、村の掲示板にこんな紙が貼られた。




⚫︎お知らせ


・匿名便は一時停止します。

・でも、気持ちはちゃんと本人に届けてね。

・郵便屋より。




村人たちはニヤニヤしながら、郵便所を眺めた。


そのカウンターには、並んで手紙を仕分ける、カズトとリゼの姿があった。


すこしだけ、距離が縮まった二人の春が、静かに始まっていた。


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