おばあちゃんと、最後の手紙
ソリオ村の朝は、今日も変わらず穏やかだった。
だが郵便所には、いつもと違う空気が漂っていた。
「……あのぅ、カズトさん。これ、届けてほしいんですけど……」
差し出されたのは、古びた封筒。封はまだされておらず、紙も少し焼けている。
「ずいぶん古い手紙ですね」
「ええ……ノアばあちゃんのものなんです」
名前を聞いて、カズトの背筋がぴんと伸びた。
ノアばあさん──村の元教師で、生き字引とも言える人物。カズトが配達人として、心を運ぶことを教わった、尊敬する存在だ。
「ばあちゃん、昨日の晩……亡くなりました」
「……!」
聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
「これ、ばあちゃんが10年以上前に書いたものらしいんです。もし自分が死んだら、カズトくんに渡してほしいって……」
カズトは、そっと封筒を受け取った。触れた瞬間、ほんのりとスキルが反応する。
「届け先、わかる……」
スキルが示した方角は、村から少し離れた丘の上の一軒家だった。
その家は、木々に囲まれ、今にも倒れそうな屋根がついていた。
カズトがノックすると、少女の声が中から聞こえた。
「……どなたですか?」
ドアを開けたのは、小さな女の子だった。年の頃は10歳くらい。
「こんにちは。郵便配達人のカズトです。お名前を確認してもいいかな?」
「……セラっていいます」
「やっぱり」
手紙の宛名は『セラちゃんへ』──震えるような筆跡で、優しい言葉が綴られていた。
「これ、あなたに……ノアばあちゃんからの手紙です」
セラは一瞬きょとんとしていたが、名前を聞いた瞬間、ぽろりと涙をこぼした。
「ばあちゃん……ほんとに、もう……?」
カズトは静かにうなずいた。
セラはしゃがみ込んで、手紙を胸に抱いたまま、しばらく泣いた。
数分後、家の縁側に二人で座っていた。
「……おばあちゃん、昔は私の先生だったの。お母さんが病気で……学校にも行けなくて」
「そうなんだ」
「でも、ばあちゃんがね、毎日うちまで来てくれたの。字の書き方も、話し方も、ぜんぶ優しくて……」
彼女の言葉には、あたたかさと、ぽっかり空いた寂しさがあった。
「手紙、読んでもいい?」
「もちろん」
セラは封をゆっくり開け、声に出して読み始めた。
『セラちゃんへ
おばあちゃんが、もういなくなったころに、この手紙が届くようになっていると思います。
もしもあなたが、今も元気に過ごしているのなら、それだけでうれしいです。
おばあちゃんは、とても幸せでした。
あなたと出会えて、少しでも想いを伝えられたなら、それで十分です。
字がうまく書けなくても、話が苦手でも、あなたの気持ちはきっと届く。
だから、泣かないでくださいね。
あなたは、ちゃんと、伝える力を持っています。
それが、おばあちゃんの宝物でした。
──ノアより』
読み終わると、セラは静かに手紙を胸に当てて、涙を拭った。
「……届けてくれて、ありがとう」
カズトはゆっくりうなずく。
「ノアばあちゃんが言ってた。『想いは、時間を越えて届く』って。今日、それが本当なんだって、わかった気がする」
郵便屋の仕事は、ただ手紙を運ぶことじゃない。
誰かの大切な気持ちを、ちゃんと届けること。
そして──その想いは、確かに人の心を動かす。
「……よし。そろそろ戻るよ」
カズトが立ち上がると、セラが小さな紙切れを差し出した。
「わたしも……誰かに手紙を書いてみたい」
その目は、もう泣いていなかった。
村へ戻る途中、カズトはそっと空を見上げた。
雲の合間から光が差し込み、やさしく村を照らしていた。
「ばあちゃん……手紙、ちゃんと届いたよ」
風が吹き、ポケットの中の地図がかすかに揺れた。
そして今日も、彼は歩き出す。
次の想いを、誰かのもとへ届けるために──