鍛冶屋の恋文と郵便事故
ソリオ村の朝。
いつものように、鳥が鳴き、鍛冶場がゴンゴンとうるさくて──
「くっそ、もう!なんでよりによって、あいつのとこに……!」
今日も誰かの怒鳴り声が郵便所に響いた。
「おはよう、リゼさん。今日も元気そうで何より!」
「元気じゃないわよバカ!」
大声で怒鳴られながらも、郵便鞄を揺らして笑うのが配達人・山本カズト。
ことの発端は、昨日の誤配だった。
──数日前──
郵便所の片隅に置かれていた、控えめに折りたたまれたピンク色の封筒。
差出人は書かれておらず、宛名にはこうあった。
『だれかさんへ(心をこめて)』
「……なんだこのアバウトな宛名」
とりあえず触れてみると、【配達スキル】がうっすら示す方角は、村外れの畑。
「あそこは……確か、トゴロ隊長の畑だったような」
元盗賊団リーダーで、今は郵便所の雑用係。最近は農業にも挑戦中らしい。
とりあえず、そのまま配達完了。
……それが大問題だった。
「で、あんたはなんで、あの手紙が、トゴロ宛だって思ったわけ?」
リゼは顔を真っ赤にしながら、机を叩いた。
「スキル的に、あの封筒は、あっち方向って出てたんだよ……っていうか、リゼさんが書いたの?」
「うっ……か、仮にそうだったとしてもよ!?なんでトゴロの畑なのよ!」
「いや、俺のせいじゃ……っていうか、内容まで読んだの?」
「バカ!開けてないわよ!でもあのバカ盗賊が──」
『おうリゼ~!あの手紙ってお前が書いたやつだったのか? いや~、なんかこう、燃えたぞ……!俺の魂が!』
──と、村中に叫んだらしい。
「村長にまで冷やかされたんだからね!」
そりゃ怒る。うん、ごめん。
「じゃあ……あの手紙って、俺宛だったり?」
「はぁ!? な、なんでそうなるのよ!? 勘違いしないでよね!?」
「うん、ちょっと言ってみただけです……」
カズトはひらりとかわす。
このやりとり、たぶんもう三回目くらいだ。
彼女──リゼ・フェルスタインは、村一番の鍛冶屋の娘で、見た目はお嬢様風。でも、中身はハンマー片手に怒鳴る豪快娘。
「じゃあ……もう一回、正しい人に届けてくれる?」
リゼは頬を赤く染めながら、小さく折った封筒を差し出した。
「わ、わたし……文字は下手だけど……一応、気持ちは……入ってるから……」
「……うん、ちゃんと届けるよ」
カズトはそれを大切に受け取り、胸のポケットにしまう。
スキルに手を当てると、封筒が示す方角は──
村の郵便所の、ほんの数歩先だった。
……え?
夜、郵便所の裏で、カズトはひとりぼんやりと座っていた。
ポケットの中の手紙は、まだ届けられていない。
「……スキルって、けっこう正確なんだな」
宛先は自分。間違いない。
でも、リゼは気づいていないふりをしているし、カズトも言えずにいた。
「恋文かぁ……人生で、もらったことなかったな」
不思議な気持ちだった。
異世界で、命からがら配達して、ドラゴンに新聞を届けて……
今、自分はこんなにも、誰かの気持ちを運んでいる。
そして、それが自分宛だったなんて──
「……悪くないかもな」
小さく笑って、カズトはその手紙を、そっと郵便棚の自分のスペースに差し込んだ。
その夜、月はとても優しく光っていた。
──翌朝──
「おはよ、リゼさん」
「う……うん、おはよ……」
どこかぎこちない二人。けれど、昨日より少しだけ、距離が近かった。
「……そういえば、手紙の日っていうの、作ろうと思っててさ」
「へ、へぇ……?」
「月に一回、村中が、誰かに気持ちを届ける日。そんなの、どうかなって」
「……あんたが考えたにしては、わりと……いいじゃない」
リゼは照れ隠しのようにそう言って、すぐに顔をそらした。
カズトは郵便鞄を背負いながら、軽く手を振る。
「じゃ、行ってくるよ。また手紙、預かるからさ」
「べ、別に頼んでないし……あんたのために書いたんじゃないし……!」
──たぶん、その言葉の意味を、カズトはもう知っている。
だから今日も彼は、歩いていく。
人と人、そして、気持ちをつなぐために。