伝説のドラゴンに道を聞かれた件について
配達人・山本カズト、今日も行く。
「よし、荷物よし!封筒よし!地図……は無いけどスキル頼り!」
ソリオ村の朝は早い。そして、配達人の朝はもっと早い。
スキル【配達道】によって、封筒に軽く触れるだけで、うっすら位置がわかる。そう、うっすら。感覚でいうと、夢の中で方角だけわかるような感じ。
「GPSアプリの方が100倍便利だったな……」
文明の利器が恋しいが、それでも配達は待ってくれない。
「さて……今日は、山の向こうの薬草採りのおばあさん宛だって?大丈夫か、このルート……」
手紙の方向を頼りに、山道を登る。地面はぬかるみ、草はボーボー、枝は顔に当たる。
「もう帰っていいかな……って、あれ?」
ふいに、山の向こうから重低音が聞こえてきた。
ドォォォォォン……!
「やば、今の……咆哮?」
枝をかき分ける。目の前に広がるのは──巨大な影だった。
黄金の鱗。バサバサと揺れる巨大な翼。圧倒的な威圧感。それは、伝説とされる存在──
「……ドラゴンだよね、これ」
間違いなく、ラスボス格の風格を持つその竜は、のっそりと首をこちらに向けた。
「おお、そこの若人。少し尋ねたいことがある」
「はい、死を覚悟しましたー!」
カズト、即土下座。地面に頭を擦りつけるスピードだけは異世界トップレベル。
「いやいや、別に食べたりせん。そんな趣味はない」
ドラゴンの声は、意外にも落ち着いていて──何より、やたら丁寧だった。
「このあたりで、王都という場所を探しているのだが……方向がわからなくてな」
「……え?」
「……王都は、どっちかな?」
「ええええええええ!?!?」
「えーと、この山を越えて、南西に進んでいけば、街道に出ます。そこから……」
地面に枝で地図を描きながら、道案内する配達人と、真剣に聞き入る伝説の古代竜。
「……ふむふむ、なるほど。君、なかなか優秀だな」
「い、いえいえ……」
「名前を聞いてもいいかな?」
「山本カズトです。配達人です。配達しかできません」
「配達か……それは素晴らしい仕事だ」
ドラゴンは目を細め、ふと懐から何かを取り出した。
「実は最近、退屈でな。山奥では誰も来ぬし、暇を持て余していた。そんな折、王都で“手紙”という文化があると聞いて、興味を持ったのだよ」
「はぁ……?」
「ということで、君に依頼したい。私に手紙を届けてくれないか?」
「えっ、誰から?」
「君が選んでくれていい。内容も、おすすめの読み物も、雑誌でも構わん。定期購読というやつをしてみたいのだ。」
「……あの、あなた、ドラゴンですよね?」
「うむ。名はドラルド=ドラゴニクス三世。まあ、ドラさんとでも呼んでくれ。」
(なんだこの世界……)
というわけで、カズトはその日の帰り道、村の印刷屋に向かった。
「なあ、この村に、読み物ってあるか?定期便で届けたいんだけど」
「うーん……そういえば昔、村長が作ってたドラゴン新聞の草案が残ってるよ?」
「……それ、採用で」
こうして創刊されたのが、村の手作り読み物『週刊ドラゴン通信』
内容はというと──
【第1号】
《今週のトピック:鍛冶屋リゼの恋文騒動、再び!?》
《ノアばあさんの知恵袋:誤字でも伝わる愛の形とは》
《特集:おすすめ紅茶三選 by カズト》
翌週、カズトは山道を登り、手作り新聞を一部だけ届けた。
「これは……実に興味深い……!この恋文とやら、なかなか面白いな」
喜ぶドラルド。瞳がキラキラしてる。なんだろう、かわいい。
「これ、毎週届けるので……よろしくお願いしますね?」
「むろん、報酬も用意しよう。君の郵便局が困ったときは、いつでも力を貸そう」
ドラゴンの恩……想像以上に心強い。下手な冒険者百人より頼れる。
「それじゃあ……」
カズトは郵便鞄を担ぎ直し、にっこりと笑った。
「また来週、お届けにあがります!」
今日も、彼は配達を続ける。
空を越えて、伝説を越えて、人と心をつなぐために。