雨の日の告白便
それは、配達には最悪の日だった。
朝から空は灰色に染まり、昼には本降り、午後には嵐。
稲妻が空を引き裂き、村の犬すら屋根裏に逃げ込むような暴風雨。
「……ま、配達は中止だね。さすがに」
ソリオ村郵便所の中。
カズトは窓の外を見ながら、今日の仕事を潔く諦めた。
そんなとき――。
ガチャ、と扉が開く音。
「お、おい、ちょっと! ドア閉めろ! 雨入ってくる!」
「ちょっとじゃないってば! 傘が飛ばされて……っ!」
入ってきたのは、ずぶ濡れのリゼだった。
髪も服もビショビショ、顔はわずかに赤い。
「はあ……まったく、何でこんな日に出てくるのさ」
「べ、別に……あんたに会いたくてとかじゃないから!」
「誰もそんなこと言ってないけど?」
「~~~ッ!」
カズトは苦笑しつつ、タオルとブランケットを差し出した。
郵便所の中は、ぽつんと静かだった。
外は嵐。
けれど中は、灯りと湯気と、ふたり分の距離。
薪ストーブの前、湯気を立てるマグカップ。
リゼは膝を抱え、毛布にくるまっていた。
「……ありがと」
「どしたの、今日は。何か届けたかったの?」
「ううん。……ただ、家にいたくなくて」
ぽつりと、リゼが呟く。
「恋文、出してみたけどさ。やっぱり、難しいや。あんたの仕事、すごいよ。気持ちを伝えるって、ほんとに」
「……まあ、ね」
カズトは紅茶を啜りながら、ゆっくり言った。
「俺はただ、届けたいものがある人を手伝ってるだけ。自分のは……まだ、うまく言葉にできないけど」
しばしの沈黙。
外では雷が鳴り、雨が屋根を打ちつけていた。
リゼが口を開く。
「ねぇ、カズト」
「ん?」
「この村……ずっと、いてくれる?」
一瞬、言葉が止まった。
ふざけるような調子ではなく、でも重すぎもしない、
まるで、雨音に紛れて聞かせたい気持ちみたいな、そんな問いだった。
カズトは笑った。
「もちろん。約束の時間がある限りね」
リゼが少しだけ笑った。
照れ隠しのように、マグカップを口元に隠す。
「……なんか、ずるい言い方」
「そっちこそ、急にそういうこと言うの、反則だよ」
「べ、別に、そんなんじゃっ……!」
二人の会話はかみ合わないまま、でも心は少しだけ近づいて、
外の嵐が通り過ぎる頃には、ふたりの間の沈黙も優しいものになっていた。
翌朝、雲は晴れ、青空が広がっていた。
トゴロ隊長が郵便所に駆け込んできた。
「カズトォ! リゼ! 無事か!?」
中では――
ふたりでストーブの前で居眠りしている姿。
マグカップを手に、毛布をシェアして、ゆったりと眠っていた。
「……なにこれ。青春かよ……」
トゴロはそっとドアを閉めた。
⚫︎郵便局日報(抜粋)
・嵐により配達中止。被害なし。
・リゼ、郵便所で一夜を過ごす。カズトと「大事な会話」(※詳細不明)
・村の老人連中、「ついに来たか」と大盛り上がり(※まだ来てない)